制作統括:尾崎裕和。
作:吉田恵里香。思い出した。このひと。NHKドラマ「生理のおじさんとその娘」の脚本を書いたひとだ。向田邦子賞を受賞した「恋せぬふたり」も見たことがある。
第1週「女賢しくて牛売り損なう?」
演出:梛川善郎。
第1週では、猪爪寅子が後に法律家になる〈最初の動機〉が描かれた。当時の女性の人生観と、寅子の人生観・女性観の落差・ギャップ。当時の女性たちが如何に虐げられていたか、おそらくこのドラマは〈女性に対する、社会的解放〉を描く作品になるのではないか。それを予感させる第1週だったと言える。
この一週間、吉田恵里香のつづったセリフのバトルを見てきたが、「生理のおじさんとその娘」の時も思ったけれど、この人は、火花の散るようなセリフのぶつけ合いを行うとき、ドラマの核心に迫れば迫るほど、おもしろいものが見えてくる。「生理のおじさん」ではラップ・バトルになっていたものが、このドラマでははっきりしたセリフの応酬に変わった。これからどう展開してゆくか、想像もつかないが、これからもあちらこちらで議論の応酬の火花が散ると思う。間の絶妙な喜劇演出も相まっておもしろいが、この先の展開を愉しみにしていようと思う。
法科へのをとめの一路初ざくら 悠志
第2週「女三人寄ればかしましい?」
演出:梛川善郎。
悪法を糺す判決秋気澄む 悠志
(この句、季語を選ぶのがむつかしい。法廷は密室で、戸外の季語は使えないし、時候の季語は動く。法廷内は四季がないからだ。)
第3週「女は三界に家なし?」
演出:橋本万葉。
モデルとなった三淵嘉子さんが家庭裁判所の判事となって、多くの少年少女たちを救ったこと。その根底にはこうした基本的な理念があったことに相違ないと思う。
春風や魔女と呼ばるる法科女子 悠志
第4週「屈み女に反り男?」
演出:梛川善郎。
寅子が帰宅すると、検察庁の捜査官が6名、猪爪家に押しかけて来ていた。直言が贈賄の疑いで拘留された。捜査官は捜査令状を見せ、家宅捜索を行っていった。こういう捜査を行うとき、捜査官は土足で座敷に上がる。それが常に行われていたことは、僕も聞いたことがある。検察が動くということは、こういう大会社や政治家がからんだ犯罪は、警察の捜査二課では手に負えない。大規模な組織的犯罪であり、隠蔽工作も巧みに行われるからだ。この時代だと政治家は検挙されても逃げおおせ、しわ寄せは企業のずっと下の中間管理職、課長クラスが追いつめられ詰め腹を切らされる。自殺に追い込まれるのは決まってこういう下で働く人たちだ。
亀鳴くや囚はれびとの待つ夜明け 悠志
第5週「朝雨は女の腕まくり?」
演出:安藤大佑。
今週は、痛快無比の裁判劇だった。
秋澄むや審理を糺す革手錠 悠志
第6週「女の一念、岩をも通す?」
演出:安藤大佑。
伊藤沙莉の長ゼリフがたいへん立派で、胸を打つものだったことをここに書いておく。
花いばら義憤に人を救ふ君 悠志
第7週「女の心は猫の目?」
演出:梛川善郎。
婚活するまでもなく、相手ならいるじゃないか。優三さん。優三さんじゃダメなのか? 寅子が気づいてくれてよかったが、優三さんが、寅子のことを憎からず思っていたことはわかっていたし。
初夜ふたり正座に語り合へり夏 悠志
第8週「女冥利に尽きる?」
演出:橋本万葉。
最後の金曜日にかかった英語の歌が美しかった。
死地へ征くひとよ生きよ帰り花よ 悠志
第9週「男は度胸、女は愛嬌?」
演出:安藤大佑。
今週、寅子、つまり伊藤沙莉の表情の変化が甚だしい。
寅子は司法省へ行った。ファースト・シーンにあったが、ここで初めてその意味が分かった。
新憲法読むや水澄む河べりに 悠志
第10週「女の知恵は鼻の先?」
演出:梛川善郎。
ある日昼食休憩から戻ると仕事場が暗い。小橋に訊ねると、彼は言った。
「花岡が、死んだ」。
停電の都に月見びとひとり 悠志
第11週「女子と小人は養い難し?」
演出:梛川善郎。
今週、もっとも印象的だったのは、滝藤賢一であり、伊藤沙莉という唯一の例外を除いては、出演者はひとり残らず滝藤の演技に喰われてしまった。
豁然と眼光滝の中に立つ 悠志
第12週「家に女房なきは火のない炉のごとし?」
演出:安藤大佑。
竃のところで、はるさんの手帖を読む寅子と花江。直人、直治、優未の進学のための資金繰りや10年後の計画までそこにはあった。直道の予測はかつて、一度も当たったためしはなかったが、こういうことを手帖に記している処をみると、猪爪家の家計が破綻せずにやって来られたのは、すべてはるさんのやりくりの所為だと分かる。そんな気がした。寅子の年収の予測まで書いてあった。
私のお母さんが、お母さんでよかった。
心からそう思う寅子だった。
星月夜妣の手帖に未来を見 悠志
第13週「女房は掃きだめから拾え?」
演出:橋本万葉。
酒の席でまた「モン・パパ」を唄う寅子。この歌がながれる間、香子が見覚えのあるおにぎりを噛みしめて食べる場面がある。きっとわかっただろう。みんな生きていてくれた。それだけでもうじゅうぶんなのだ。
生きてまた合へし若布のにぎり飯 悠志
第14週「女房百日 馬二十日?」
演出:梛川善郎。
梶山栄二君には父母どっちにも世話にはならず、父の姉・勝枝さんのもとで暮らすことになった。勝枝さんは、家庭を顧みず、浮気にうつつを抜かす父親を一喝し、栄二君を慰めようと映画に連れて行ってくれたひとだった。大好きな伯母さん。3件の窃盗事件は、何れも主犯ではないし、動機にも慮るべきところがあり、また、勝枝さんの口添えもあって、保護観察の沙汰が下った。温情ある審判そのものである。寅子も骨を折った甲斐があった。
叶はざる師の本懐や街灼くる 悠志
第15週「女房は山の神百石の位?」
演出:伊集院 悠
寅子が新潟に判事として赴任することになり、今後、優未をどうするかについての議論をするための、猪爪家の家族会議がひらかれた。
いろんな意見がこどもたちから出た。けれどいま、新潟に二人で行かず、離ればなれになったら、寅子と優未は、二度と親子関係を取りもどせなくなる。寅子も悔い改めて頑張るからと言い、優未にはついてきてほしいと言った。
はい。
優未は即答だった。まだこの子の〈スンッ〉は続いている。全然事態は好転していない。こどもが一度心を閉ざしてしまうと、その殻を破るのは、大人よりもむつかしい。
吾子の意思知らうともせず目の涼し 悠志
第16週「女やもめに花が咲く?」
演出:梛川善郎。
たびたび支部を覗きに来る航一。心配性なせいだからというが、ある時こんなことを言った。
新潟本庁のそばに、うまい珈琲とハヤシライスを出す喫茶店があるんです。新潟の名所はわかりませんが、そこならばご紹介できます。
翌月、新潟本庁に出向いた折、その店に案内された。
Tea Room “Lighthouse”?
えっ、訳せば〈燈台〉?
そこにいたのは、高等試験の時以来、行方不明になっていた、涼子さまだった。
腹痛になやむ試験や秋のこゑ 悠志
第17週「女の情に蛇が住む?」
演出:相澤一樹。
麻雀の会場へ入り、優未が顔をのぞかせたら、その場の空気が一瞬にして変わった。あの、杉田太郎弁護士が赤鬼のような泣き顔になって、優未の前で号泣しはじめたのだ。びっくりしている優未に、次郎が言った。太郎は長岡の空襲で一人娘と孫娘を失くしていたのだった。昭和20年8月1日のことだった。あと、たった2週間生きのびれば、死なずに済んだものを。いまでも思いだすたび自分が護ってやりたかったと悔いているのかも知れない。この場面の高橋克実の演技。今週のもう一つの見せ場だったと思う。
娘の死孫の死瓦礫炎ゆる街 悠志
第18週「七人の子を生すとも女に心許すな?」
演出:橋本万葉。
航一は言った。
妻も……照子も、満足な治療を受けられず死んでいった。その責任が微塵もないなんて、自分は従ったまでなんて、どうしても僕は言えない。その罪を僕は誰からも裁かれることなく、生きている。僕は、そんな自分という人間を何も信じていない。そんな人間が何かを変えられるとは思えない。だから謝るしかできないんです。こどもを育てきるために、裁判官の務めを果たします。僕自身は信じられなくても、法律は信じられるから。
「すみません、外で頭を冷やしてきます」という航一の、あとを追い、外へ出た寅子。
航一さんの立場だったら、周りが何を言おうと、私も、自分の所為じゃないとは言えない。ごめんなさいと謝ることしかできない。そう思いました。
でも、だからこそ、少し分けてくれませんか? 航一さんの抱えているもの、私に。
あなたの抱えているものは、私たち誰しもに何かしらの責任があることだから。
だから、馬鹿の一つ覚えですが、寄りそって、一緒にもがきたい。少しでも楽になるなら。
愛妻の死のありありといまも雪 悠志
第19週「悪女の賢者ぶり?」
演出:梛川善郎。
ともに連れ合いを亡くし、淋しい人になっていたふたり。たとえこどもには恵まれていても。切なくて、苦しくて、愛おしかった。
春雨の歩廊に恋拾ふふたり 悠志
第20週「稼ぎ男と繰り女?」
演出:梛川善郎。
自分の意見を言わない星家のひとびとと、何でも家族会議で言いあえる、猪爪家との温度差に、航一さんと寅子の未来への翳りを感じた。
地球一閃第五福竜丸の春 悠志
第21週「貞女は二夫に見えず?」
演出:酒井 悠。
同性愛について、これほどリベラルな声が交わされるとは思わなかった。同性愛は白眼視されていた時代だ。その証拠にこの時代、アメリカ映画で「噂の二人」という同性愛が迫害に遭う映画があった。頭ではわかっていても、心では受けつけられない、というのが主流だった。
今週のテーマである、事実婚というものの言い方も当時あったかどうかあやしい。けれども内縁関係の夫婦というのは大勢いた。
秋風のまなかに美しき目のふたり 悠志
第22週「女房に惚れてお家繁盛?」
演出:橋本万葉。
星家の心の傷に触れてしまった一週間だった。
愛娘の視線冷えゆく朝餉かな 悠志
第23週「始めは処女の如く、後は脱兎の如し?」
演出:梛川善郎。
朋彦さんのところに行きたい。
認知症にうろたえる余貴美子(百合さん)の演技が印象的だった。
また、原爆裁判の被告代理人・反町(川島潤哉)の、終始無表情な演技もよかった。
「請求棄却のひとことで、裁判を終わらせてはいけない」という寅子の意志、
そして判決の主文の前に読まれた、判決理由の要旨。
そこには死んでいった多くの被爆者と、いまを生きている多くの被爆者を思いやる裁判官の血も涙もある心を感じた。よねさんの涙が胸に沁みた。
原爆裁判賠償請求棄却
蒼氓のまなざし虫の絶えてなほ 悠志
第24週「女三人あれば身代が潰れる?」
演出:梛川善郎。
時の流れ、無常感、ものの哀れ、はかなさを感ずる5日間だった。
多岐川さんが死んだ。滝藤賢一の、病みほうけた初老の男のあわれさが胸にせまって感じた。彼、ほんとうに上手い。それに比べて、桂場最高裁長官を演ずる松山ケンイチは、威厳と貫禄ある演技をしようとしているが、わざとらしく、臭い。こういうのは上手い演技とは言わない。
それとは別に、印象的な場面にはっとした。
「本気で地獄を見る覚悟はあるの?」
「ある」。
ドラマの第1週の最後に、はるさんと寅子が交わした印象的なセリフである。
今週木曜日、こういうセリフがあった。
「(寅子)あなたが進む道は、地獄かもしれない。それでも進む覚悟はあるのね?」
「(優未)うん、ある」。
同じセリフをこの母娘がいう、印象的場面があった。親がこどもの頃言われた言葉を、子が親になったとき、それは口をついて出る言葉、なのだと思った。歴史は繰り返す。
吾子もまた考ふるひと草の花 悠志
第25週「女の知恵は後へまわる?」
演出:橋本万葉。
美佐江は自殺だったのではないだろうか。
夜蜘蛛の囲少女の前にちらつく死 悠志
最終第26週「虎に翼」
演出:梛川善郎。
「(美雪)先生はどうしてだと思います? どうして人を殺しちゃいけないのか。」
(寅子)今の質問のこと、おばあさまから聞いた?
「えっ……もしかして、母も同じ質問を? そうなんだ……お母さんも同じことを。」
奪われた命は元には戻せない。死んだ相手とは言葉を交わすことも、触れ合うことも、何かを共有することも永久に出来ない。だから人は生きることに尊さを感じて、人を殺してはいけないと本能で理解している。それが永い間考えてきた私なりの答え。理由がわからないからやっていいじゃなくて、わからないからこそやらない。奪う側にならない努力をすべきと思う。
「(笑)そんな乱暴な答えで母は納得しますかね?」
美雪さん、私は今、あなたの質問に答えています。お母さんの話はしていません。私の話を聞いてあなたはどう思った?
「(飛び出しナイフを出して見せ)(どうせ)母の手帖をご覧になったんでしょう? 母も娘もほかの子たちとは違う。異質で特別で手に負えない。救うに値しない存在だと(思ったんでしょう?)。」
逆。まったく逆。
あなたもお母さんも、確かに特別。でもそれはすべてのこどもたちに言えること。あなたたちは異質でも手に負えない子でもない。手帖を読んで気づいた。私はあなたのお母さんを、美佐江さんを恐ろしい存在だと勝手に思ってしまった。そのことが過ちだった。美佐江さんはとても頭はよかったけれど、どこにでもいる女の子だったと思う。
「どこにでもいる女の子が、人を支配して操ろうなんて思いますか。」
でも、もう真実はわからない。なぜなら私たちは美佐江さんを永遠に喪ってしまったから。私は美佐江さんに対してすべてを間違えた。そう。あの時(これ以上介入すべきでないと)私はそう思って線を引いた。それが巡り巡って今、あなたが目の前にいる。だからね美雪さん。もうこんなこと繰り返したくない。あなたのことは諦めたくないの。あなたはお母さんを真似しなくていい。手帖に残された言葉の意味や、お母さんをかばう理由を見いだそうとして傷を負わなくていい。お母さんを嫌いでも好きでもいい。親にとらわれ縛られつづける必要はないの。どんなあなたでいたいか考え、教えてほしいの。
「つまらない。そんなのつまらない。そんなのありきたり! そんなあたしじゃ駄目なんです!」
どんなあなたでも私は何だっていい! どんなあなたでも、どんなありきたりな話でも聞くわ。
この、長すぎるくらいの息詰まるような伊藤沙莉の長ゼリフ(ほんの数分の場面だったのに、書き起こしたらこんな長文になってしまったことに正直驚いた)に、緊迫した演技の威力に圧倒された。名、演。このことは忘れてはならないことだと思ったのでここに書いておく。
亡きひとの見ゆる齢や木の葉髪 悠志