2024年02月のうた 選。 | 悠志のブログ

悠志のブログ

ぷくぷくぷくぷくぷくぷく。

 

暗い扉


少しずつ
自身をしめつけていた 枷がゆるんで
自在に
幹から枝へ
みなぎってゆく
答えというものが 確かな手ごたえをもって
その暗い扉を押し明けてゆく。



私の部屋の水底


部屋には
水がたまっている
部屋は湖になってしまっている
私はそれでも生きている
水底(みなそこ)に沈んだまま生きている
沈んだまま 水面をみつめている。



春のはじまる音


ころころ ころころ
音がする
ころころ ころころ
転がってゆく
そのさきに何があるのかも知らずに
転がるものは正体を明かさず
あるひとはそれを
冬が終わってゆく音だというし
あるひとはそれを
陽だまりのたてる音だという
ころころ ころころ
春のはじまる 音が
消えることなく つづいてゆく
風のなかの花のように 弄ばれながら。



徒らな思いが
 

 

今宵は苦しかった

ただの一行の詩もつづれず

悲しめなかった

そのいたみが

(いたず)らな思いが

部屋じゅうに

花を咲かせてしまった。



夕映え


隣家の松の木のむこうに
夕映えをみた
夕日がいま沈もうとする
おもての道をあゆめば
花屋に売れのこったパンジーが
寄せ植えされている
だんだん昏くなる界隈の
その辺りに吹く風は
湿気をまるで含んでおらず
殺伐としてかなしい。



二月になって

 

 

二月になってまず 私は欠伸をした

おもしろいことには

録画したTVドラマを見

何でもない場面で笑えるようになったこと

ぷくぷく笑った後に

ご飯を食べる

ご飯を食べていても無くならないのは

花のようなきもちだ。






松は 静かに生きている
雨だのに雨に動じない
こんな心細い 寒い日に
気難しそうな嶮しい幹でもって
松は静かに生きている
雨だのに
いつも態(なり)は変わらず
怖そうな貌をして
息をしているような気がする。



死と


死のうとする心を
宥められた時
そこに入れかわって
やさしい心が
据わっていることに気づく
死ななくてよかった
そう思えることは
幸せなことじゃないか
死んでいたなら
私はしあわせになれただろうか。



春浅い、けしきを


春浅い けしきを
墨でもって 描いている
それは 風景ではなくなり
大きな心となって
そこに立っていたり
坐っていたりしている。



おもての坂みち


おもての
坂みちになっている処を
ゆっくりと
少しずつ下ってゆく
何も珍しいことのない
いつもの坂だけれど
坂の方でも
私のことを知っていてくれて
私に挨拶めいた朝日を
恵んでくれる時もある。



ゆうぐれ


言ってはいけないことを
言ってしまいそうな
じいんと 疼くような
ゆうぐれが
通奏低音のように続いている
雲ひとつなく
空の色は未だ橙色とくれないと
紫のはざまにあって
濁りを知らない
郵便ポストもパン屋の立て看板も
色づいて 残照に沈んでいる。



夕日


ぼそり ぼそり
孤りことを言うように
山の奥の奥へ
沈んでゆこうとしている。




 

 

私の身のうちにも魔はある

病の素になったり

悪しき心となったりする

われを恥じよ

自らを諫めよ

そして徒らにおのれを責めず、

ただ洗ってやれ。



虹を見る


虹をずっと
消えるまで見守っていたことはあるだろうか
消えてしまうまで
胸をふるわせるほど
我慢していたことはあるだろうか
そこまで虹を見
涙にくれたことはあるだろうか。



悲しすぎる言葉
 

 

冷たい

春の窓の玻璃に

指でもって

描く

死ね という

通りすぎてしまっても

消えない、ことば。



竜の首


画帖に墨でもって
ごしごしと描いていたら
何を描こうとも
思わなかったのに
いつしか竜の首となって
われの方をむき、吠えるのだった。






そこにあるのは
鬼なのに
自画像だった
いつも吠えたけっていて
人間じゃなかった。



たんぽぽ


たんぽぽを見ると
しゃがみたくなる
しゃがんで
何にも無くなってしまった空を
母の貌を仰ぐように見
胸を打ちふるわせていたい
何故こんなきもちになるのだろう。



抛擲


生きることを懼れることもないのなら
自らを
抛擲してしまえばいい。



 

地に墜ちた椿の花をみつめていると

椿の花なのだと思う

梅の花を見あげていると

梅の花なのだとおもう

わが貌を見ていて

自分の貌だと思うことがむつかしい

私は心なのだ貌ではない

花にも心があるのなら

そう思っているのではないだろうか

ただ胸をふるわせ、われは

ああこれが花なのだとおもう。



たんぽぽは心の花


大空に愛されている、たんぽぽは心の花だ
あんなに心をひらかせた、祝福すべき花は外にはない
たんぽぽはこころの花だ。



明るい春


あかるいなあ 春は
雨が降ったなら降ったで泣きも笑いもしない
ただひかっている。



みつめる


莫迦を言うな
私は声をあげて泣き
そこに心が存るところをみつめる
自身というものの心の沙汰を
初めて見
私はそこに気の猛りや
浮沈をみつめる。

 

 




薄日の下に痩せ
案山子のようにぼろぼろになって
生きている

空へ、空へ、伸びてゆく手は
生きてゆく何かの手がかりを
        摑もうとしている。



その影


そっと手を
伸ばし
その影を つかむ

その影の
つらさ 寂しみに
触れ 慄く

自らそれを 断ち斬り
かなしむ。



小川は流れる


小川は
心のように流れる

この川は
私なのだ

私の魄(こころ)が
神に請いねがい
つくっていただいたのだ

私の心なのだ

それゆえに
流れるにも
静心をもたないのだ

心よ
生きよ と

自ら唱え
流れてゆくのだ。



徒雲よ
 

 

徒雲よ

消えてくれるな

消えてくれるな

徒雲よ

おまえに親はいないのか

おまえは勝手に生れ

勝手に消えてなくなるのか

だとしたなら

私とおんなじだ

君は

私の心だ

徒雲よ

消えてくれるな

わが兄弟よ

友よ

わが倚りどころよ

生きてくれ。




雨が降っていたのか


水音が聴こえる
雨が降っていたのか
知らなかった
空は寂寥の色をして
光っている
雨が降っていたのか
知らなかった。



暗黒のみ空


桜の花をみつめていると
胸がふるえる。

 

 

(み空の暗黒)


夜が深けてゆくと
美しい世界が通りすぎてゆくような気がする。



森の木


森に一歩 入ると
木々に光はまもられ
雨のようにぬれている。



猫を抱いた星


遠くの星は冷たく冴えている
猫を抱いて
天上にさまざまな天体図を思いえがくとき
猫は喉を鳴らしながら
私のひとり言を快さそうに聴いている
猫に言葉の伝わる夜には
どの星のすがたも尊いものになる。



小鳥よ、小鳥
 

小鳥よ、小鳥

君は死んでいるのか

 

小川の(とろ)

流れのよどんだ処に

草の屑にまみれ

水を光らせながら

うっとりと

死んでいるのか

 

小鳥よ、小鳥

君の不幸が

私には痛くてならない

生きていたかったろうに

 

小鳥よ、小鳥

君にもしあわせはあったか

何があったのか

私にはわからないが

君もいつか恋をしたろう

死にたくなんかなかったろうに

 

小鳥よ、いま

君のむくろの上で

早咲きの桜が

咲きほこっている

 

君よ、小鳥よ、

来世は花になれよ

美しい花になって

笑ってくれ。



私は石である


私は石である
淋しく
哀しい石である
誰かが私を拾うとき
私はこう 考える
遠くへ
遠くへ 投げてくれと
私はつまらぬ 石である
何処へ行っても
石である
私のこの魄(たましい)は
泣きも 笑いもしない
私はそういう
石である
誰にもならぬ
石である
役にたたない石ゆえに
ここに据わって動かない
それが
私の心である。



辛夷の花


辛夷の花が咲きはじめ
春が明るくひかりはじめた

さすらう雲さえも
光の化身のように輝きだす季節

私は行く
春はゆるやかな坂

この坂みちを
思慕(おもい)を募らせるように
上ってゆきたいのだ

季節はきわまった
いま咲きはじめる花に

炎のようなものが
噴き出そうとしている。



雨の日
 

 

雨の日

雨に目が有って

おもてで私のことを見ているのなら

雨は悲しいのではないだろうか

いちにちそこの処に佇んで

私の暮らしを母のようにみつめている

雨の心はときどき笑いもするけれど

そぼ降る雨の静かな日には

雨は悲しく

見るのはつらい。



花の哀しみ


花は自分を見つめていて
しあわせなのだろうかと思う

花が鏡を見つめるとき
自分のことをうつくしいと思うだろうか

「これは自分ではない」と
思うのではないだろうか

花に心があるのなら
花は哀しいのではないだろうか

花が花をみつめ
「綺麗だ」と思うとき

花は哀しいのではないだろうか。






頭の上を、何か
巨きなものが動いている気がする。






大きな魄(たましい)をもった肉体が
私の頭上を動いている
湖がそこに広がり
ゆっくりと動いてゆくような気がする。

 

 

おぼろ夜


夜がうつくしく優しくなってきた
春になると
木々も草もしあわせで
どの命もみんな
てんでに涕いているように見えてくる。



朝焼け


朝焼けが胸に沁み
痛いので
ずっとそれを自分自身のせいにしていた。



われという影
 

春になると

人かげが蒼くなる

影は

人というものを別のものにする

われという影も

   鬼の影となる。




あゆむ


影をみつめ
影を拠(よりどころ)にしてあゆむ。



灼熱の感情


生れてきたことの
意味を違(たが)えないこと

そのことを
肝に銘じ

歯を食いしばり
己が貌を拳でもって殴った

幾度も 幾度も
殴っているうちに

目頭が熱くなってきて
身のうちの
灼熱の感情が

どろどろと噴き出して
止まらなかった。



何処へ


脱ぎすてたセーターを
そのままに
眠りほうけている

自分は灯下、夢さえも見ぬつもりで

何処へ行くこともできないのに
何処かへ行った気になって

心は鳥のように空(くう)を舞う

そういう心をもてたことを
わが喜びと思うけれども

眠りほうけた私が
目醒める時は

ほんとうに来るのだろうか。



花の雲


満開の 桜を
死を視る思いで見る
桜並樹も
咲きみちたものも
みな
死に顔に透けて見える。



あすなろうの大樹に
 

心のすり傷が

どのくらい増えたら

まっとうな

大人(ひと)になれるんだろう

 

幾ら傷をつけても

大人(ひと)になれないのなら

 

私はどうやって

生きてゆけば

人間になれるんだろう。




そんなとき


うつくしい心も
よくない心も
私がひとを愛したいとき
生れる
悲しいのは
私のまごころがまごころではなくなり
何にもひとにとどかぬ時であって
そんなとき
私は一秒でも
生きてはいられまい。

 

 

意味なき花


二羽の鳩が
相睦むように
私の心は
誰と睦むのだろう

春風は
恋する猫の目のまえを
光りながら過り
誰かの訃を
悲しんでいる

ひとの心のそこの処に
意味なき花を
  咲かせてゆく。



答のない春


胸が
ふるえる


月を
みつめると
痛い。



小川


かなしく蒼い水
堪らえれば堪らえるほど
かなしく
蒼い水
蒼い水は暗くて
痛い。



春のひかり


昼下がり
春のひかりはころころと
坂道をころがってゆく。



六花


私のことがわかりますか
私のことが見えますか
そう言っているうち
いなくなってしまうのなら
私は何を糧に
生きているのだと思いますか。



心だけ旅したい


生きているけれど
病気で

手も脚も
何もかも醜くて

息もつらくて
笑っていた

何処へも
行けないのなら

心だけ
旅したい

胸のなかを
宇宙を。



大きな答


自分のきもちがじみてきて
厭になる そんな時
大きな空の下にいることがいちばん
うれしくなる
小さくなった心に
大きな答が用意されているような気がする。



心のように


電柱は どう見上げても
心ではない
心では ないのに
どれも 心のように立っている。



路傍に棄ててゆく


誰かが人生の歓びを
すべて失ったような貌をして
莨の吸いさしを
きょうも路傍に棄てていった
何てあわれで
汚らしい心だろう。






陽あたりのいい処で
笑っていたいのに
陽だまりにじっとしていると
悲しみが込みあげてくる
自分が悪人であり
鬼であることがつらいのだ。

 

指田悠志