その次の日からも同じ様な生活が続き、

その間も妻は、
自分に色々な事を教えてくれる。

SNSや書籍で、色々と学んだ知識の中で
自分達の合うものを抽出して、
教えてくれていた。

少しずつ、
妻の話してくれる事に興味を持ち始めるが、

まだ病名も確定していないのに…と思うと

何もやる気になれなかった…。

副作用のしんどさもあって、倦怠感が半端ない。

呼吸をするたびに、咳が出る。
咳が出て、身体がこわばる度に
骨が、胸が、きしむように痛い。


痛みは、人の思考を奪う。

痛みや苦痛は、人のマトモな精神を奪っていく。

そう感じた。


こんなに寄り添ってくれる家族がいるのに、

このときの自分は、
自分の痛みに耐えるだけが、精一杯だった。


しばらくそんな日々を過ごし、

9/18 、敬老の日を、迎えた。

敬老の日には、以前から
実家の家族と一緒に食事に行こうと、予定していた。

自分の実家の家族(父、母、弟)と、
自分と、妻、3人の子どもたち、
計、8人で。


なぜ突然、
こんな大人数で行くことになったのかというと、

それは、父親の
『死ぬ前にうまいものが食べたい』
というセリフから始まった。


親父は、
2年前に、C型肝炎による肝臓癌が発覚し、
今も闘病をしている。

すでに、
血中にアンモニアもでているという。

その父親が、
『美味しいものが食べたいなぁ』と
夏前から、母によく話していたらしく、

母がその相談をうちにしてきた時、
妻が、
その段取りをすべて整えてくれたのだ。

伊勢志摩にある宝生苑というホテルを予約して、
その日の食事会のスケジュールも
計画してくれていた。


家から伊勢志摩の宝生苑までは、
片道、約2時間ほど車を走ったところにある。

運転は、弟にお願いをした。

ホテルに到着すると、

スタッフの方に
海の見える席に案内してもらえた。


開放的で美しい、海と空の景色。

静かで優雅な室内の雰囲気。

運ばれてくる、色彩ある美味しい食事。


『…おいしい…』


おいしいって、大事なんやな。

口から広がる味で、心が軽くなる。


おもてなしの心を受けながら、

身体の痛みが、
遠のいているのを感じた。

朝も、車内でも、

あんなに軋んで痛かったのに。

この食事会の時間は、辛さを感じなかった。

純粋に、楽しめた気がした。


『病は気から。』

と言う言葉があるけど、
本当にそうかもしれない。

『病気は気持ち次第で良くもなるが、悪くもなる』

まさにその通りだと、
この時の身体の軽さに感じていた。


食事会が終わって、
妻が『行きたいとのろがある』と、言った。

『どこ?』と聞くと、
『石神さん。時間があったらでええけど…』

すると母も
『私も、行きたかったん。』
と。

石神さんという
『女性の願いを一つだけ叶えてくれる』
という、噂の神様だそうだ。

正式には、神明神社というらしい。

時間もあるし、体の調子も良くて、
みんなで向かうことにした。

妻は
もともと神社仏閣が好きで、
結婚してから
よく一緒に、いろんな場所に巡った。

お伊勢さん、
三輪さん、
吉野、
熊野、
天河、
洞川、
猿田彦神社など、

三重、奈良を中心に、よく出かけていた。

今回は…
自分の病気のこともあるかるかもしれないな…。

そう感じていた。

自分は、
妻と一緒に神社仏閣に行くと、
毎回決まったように、
同じ願い事をしてきていた。

それは、
『家族が、ずっと仲良くいられますように』
『健康で、暮らしていけますように』

そんなことばかり。

僕にとって、家族の存在は、
人生そのものだから。

妻と子どもたち。

自分にとってかけがえのない『家族』 

今の家族のいるところだけが、
自分の居場所だと、思うほど、

僕にとって大切な『家族』。

(この辺の『家族』への強い想いは、
自分の幼少期の経験が影響してると思う)


この日、
石神さんでは、自分の病気のことを祈った。

どうか、ご助力ください、と。

自分がまだ、
家族と一緒に生きていけますように。
病になんて、負けませんように。

頑張るから、
努力するから、

どうか、ご助力を、と。



妻は、
参拝に行くと、
なかなか戻ってこなかった。


ありがとう。
ごめんな…。

…ありがとう。


自分も、頑張って行こう。
そう思った。



家に帰宅すると、
長く車内の振動を受けていたからか、

身体の全体に痛みを感じていた。

造影剤の副作用による倦怠感が終わったのに、

また、
痛みと、倦怠感で身体が起き上がらない。


あの食事の時間だけは、
あの心地よい時間の間だけは、

痛みも辛さも感じず、楽でいられた。

喜ぶ、とか、
心地よい、とか、
嬉しい、とか。

感動とか。

そういう陽気な気持ちの中でいるとき、
痛みがあっても、
負の感覚は鈍感になるのかもしれない。

妻がよく話してる、
『心地の良さは、人間の精神に影響する』
と言っている言葉。

その経験を味わった気がした。


この日、『美味しい』と感じた食事の味も、

あの心地の良い時間も、

一生、忘れないと思う。