クリニックの診察には、
妻と娘と3人で入室した。

予約の日は来週だったから、

医師からは
『以前に受診してから、
あんまり間隔空いてませんが
今日はどうされましたか?』
と聞かれた。



2日前に襲った胸の激痛の事を説明。
それと、
数日前から気になってきてた、
右鎖骨の膨らみのことも伝えた。

実は妻からは事前に、
『どの症状がどの病に影響してるか?
を診断するのは医師の仕事なんやで!
これは関係ないなって、
素人が診断したらあかんの!
ちゃんと気になるところは伝えて、
それを診るのが専門家の仕事やから』

と、怒られ…アドバイスされていた。

『その症状を伝えてもらうほうが、
誤診を防げるから。
病は、医療者だけが背負うんじゃない。
患者さんやその家族と、
共有して取り組むんやで』

そう言われた。


その妻が、横から
『症状が改善しないんです。
それに胸の痛みもあり、
気になるので…可能なら紹介状を
お願いできませんか?』

と、聞いていた。

『…たしかに鎖骨の上が膨らんでますね…
CT検査しましょうか?』
と、医師はいった。

『念の為、もう一度血液検査もしてみましょう』
とも。

『ぜひお願いします!!』と、
即答した。(主に妻が)


CT検査を待つ間、

『やっと…やっとここまできた!』
と、妻は安堵の表情をしていた。
出産する前から言ってたもんな。

でも各科の医師に『大丈夫ですね』と言われれば
そこにかかぶせて
『でも精密検査してほしい』とは、
一般人では言いにくい。

まるで
あなたの診断を信じられないので、と
言ってるみたいで、
気が引けるからだ。

妻はそのへんは全く考えが違う。

医師も人間だから。というスタンスだ。

間違えない人間は存在しない、と。

だから、
セカンドオピニオン、サードオピニオン。
あっていいんだと。

誤診させてしまうより、
再検査の申し出のほうが、
ずっと思いやりがある行為だと。

そう話していた。

そして、今回も自分一人で行かせたら、
また『大丈夫』と言われて
帰宅するかもしれない、と
リスクを考えて付いてきてくれたんだ。

最初の身体にきた痛みは、喉からだった。
もう、10ヶ月も前からだ。
妻の出産前から。

喉の痛みだったから、耳鼻咽喉科を受診し、

診断結果は
喉の炎症とただれ、だった。

漢方とうがい薬を処方されて一ヶ月以上続けていたが、よくはなるが、完治はしない。

ずっと違和感があった。

でも、
自分の中ではいつかは治るだろうって、
簡単に思っていた。

妻は、その時臨月で、
もうすぐ生まれてくるにもかかわらず、
いつも自分の事も心配をしてくれていた。

出産してからも、
子育ての合間に、

おれが会社帰宅後に体の不調を訴えるたびに、

『一度、精密検査してもらおうよ。
何もなければそれでええんやから。』と、
話してくれてた。


でも、
仕事を休むのは気が引けたし、
正直、
市販の薬で治る程度のなにかだと、

そんな意識だった気がする。

血液検査も、
胸部X線も、
この半年で、3回目だ。

精密検査にはいかなくても、

耳鼻科に行きはじめて、

次に循環器、
次に整形、
そして、呼吸器(今)

循環器、整形、呼吸器、
全てで、
胸部X線と血液検査もした。

全てで『問題ありません』と言われてきた。

ただひとつ、
整形の先生だけは、
『主治医の先生はいますか?
気になるなら見てもらったほうがいい。
もしいなければ、僕が紹介状を書きますよ』

と、言ってくれてた。

それが、
2ヶ月半ほど前の話だ。




CT検査を終え、
もう一度、診察室に呼ばれた。

『血液検査の結果は問題ありません。
ただ…これを診てください。』

と、両肺の画像を指して

『全体的に小さな影が無数にあるのわかりますか…?
これは…精密検査をしたほうがいいので、 
紹介状をお書きします』
と、医師は言った。

え。
やっぱ、なんかあるの。
肺、キレイちゃうんやん。

画像を見ると、両方の肺に
全体が白っぽくなってた。

煙みたいな。
モヤモヤ〜としてる中に、
キラキラした粒が散りばめたような画像。

え。なに。
X線とCT検査って、
こんなに違うの?

『…白いですね…。
あの、今の段階で、
なんの病気の可能性がありますか?』

そう聞くと、

『調べないと何も言えませんが……
肺がんの可能性もあります』

そう言われた。


がん?

いや、まさか。

横で聞いていた妻を見ると、
妙に厳しい顔をしてたのを覚えている。

言葉にはしなかったけど、

まさか。

と、同時に。

そうかも知れない。

とも、どこかで感じていた。


何も無い、というわけ無いと。
なにか、やばい病かもしれないと。、

勘みたいなものだけど。

どこかでなんとなく、感じていながら、

受け入れたくなかったんだ。

見たくなかった。
見ないようにしてきたんだ。

そんな自分がいたことも、
なんとなく知った。


紹介状は、
М中央国立医療センター宛に
書いてもらうことになった。