生きるために辻褄を合わせるうえで人間が犯さなければいけないことが、嘘をつく事だと思う。
僕は今の仕事にやりがいを持っていたつもり。
お客様のことを第一に考え、他のスタッフが働きやすい雰囲気作り、環境作りも同時に考えながら仕事をしてきたつもり。
もちろん後者は仕事のできる人なら後回しにしてもいい仕事だ。
頭は悪いし、できる仕事が限られる以上、後者のような事に尽力しなければと思い自分なりに工夫してやってきた。
しかし、店の中心となる一部の人物はそのどちらも後回しにし、店の売上、会社の利益を一番に考えていらっしゃることを感じ始めた。
そんな人物が求める仕事と、僕がしてきた仕事僕ができる仕事が一致するわけがないので、その人物が僕を求めるわけがない。
その人物を尊敬していないわけではない。
もちろん店の中心になるべき能力や実力はあるのだと思う。仕事が出来ない人物である訳がない。
単純に僕のする仕事に合わなかっただけの話。
収入的な面、体力的な面、精神的な面。
どれをとっても、何もかも見合わないと感じた。
いいなりになるだけなら簡単だけど、それでもらえる報酬が見合わないのであれば話は別。こき使われているのと一緒なのでまっぴらごめんです。
以上のことから、僕は今の生活を辞める。
間違いなく彼に言われた。
やる気があるならやる、ないなら辞める。
もちろん、彼の言うやる気とは俺に従う気があるかという意味であろう。
とてもやりがいを感じる仕事だと思ったし、楽器屋の仕事は天職なのだとすら思った。
ただ、今思えば騙されていて、僕はそんな事を思ううちに人生最大の糧であった、プロのギタリストになる道すら捨てた。
自分のギターに触れない日々を求めてこの仕事を選んだ気はさらさらないことは確かだ。
何かを完全に見失っていた。
念願のバンド活動を再開してわかった。
本当にギターを弾くことが好きだ。
信頼できる仲間と鳴らす音が、空気が本当に好きだ。
楽器を売るのは楽しかった。
現バンドのメンバーを含め、今まで自分が販売した楽器が、そして買ってくれた本人がステージ上で輝いているのだと思うとワクワクする。
ただ、その気持ちを忘れて仕事をしている人の下で仕事をしていると思うと虫唾が走る。
僕はこれからの人生を有意義に生きるために、新しい生活をまた始めようと思います。
どこまでが本当で
どこまでが嘘かは
ご想像におまかせします。