「めぐってであおう! ポケモン サービスエリアのたび」
今年,能登半島でポケモンのモニュメントを巡る「スタンプラリー」が行われているが,ポケモンスタンプラリーは形を変えて日本全国で行われているようだ。
北陸道のSAにも,写真のようなシールがガラス戸に貼られていた。何人もの子どもたちが,スタンプ用のシートを持ってうろうろしていた。
わたしたちもやればよかったかな。孫たちが好きだから――。
それにしてもポケモン効果はたいしたものだ。
北陸3県テレビニュースを見ていたら,玄関前に巨大なカニのモニュメントのある「カニをテーマにした施設」が出てきた。
場所は敦賀市にあるという。
イカキングではなく,カニキングである。
そこで,今回の旅の最終見学場所に指定して,行ってみることに。
なんせ,シルバーウィークまっただ中で,駐車場に入る道路から並ばざるを得なかった。でも,回転が速いのか,その割には入場するまで,そんなに時間はかからなかった。
玄関のカニとじゃんけんしてみた
当然,勝った!
たぶん,こうして写真を撮る人が多いんだろうな。
イカキングの方が断然大きい。カニに挟まれたいけど,そんなことはダメそう。
本施設は入場無料。2026年7月16日にオープンしたばかり。まだ2ヶ月ほどしか経っていない。
それでもすでに来場者が10万人を越えたという。スゴい人気だ。
近くの人も一度は覗いてみたいと思うのだろう。
県外ナンバーもいっぱい止まっていた。
1階はお店とフードコートと見学できるカニ工場がある。子ども連れなら,DIGITALお絵かきコーナーもあるぞ。カニむき体験コーナーもあるよ。
モクモクと流れ作業をしていたが,一度見ればいいかな。
2Fにはカニづくりのレストランがあるが,30組も待っていたので,ここで食べるのは諦めた。
子どもの遊ぶ施設(キッズランド)もあるのだが,ここもまた長蛇の列。60分限定で遊ぶことができるらしい。外からはあまり見えなかったので,どんな遊具があるのか分からない。
外には,ぼわんぼわんって飛んで遊ぶコーナーもあり,小さな子どもたちが走り回っていた。
大人だけで,お昼も食べない――という人なら,30分もあれば充分な施設だ。
やっぱり,カニが食べたかったなあ。
お子様連れなら,外で30分,中で60分遊び,お昼をいただき,DIGITALお絵かきをして工場を見て,お土産を買って帰る――一日コースだな。
泣き泣きの空だったのだが,赤レンガ倉庫に着いた頃には小雨が降り始めた。
赤レンガ倉庫の歴史を簡単に紹介すると,
1905年…外国人技師の設計により石油貯蔵用倉庫として建設
1951年…昆布貯蔵庫として使用
2009年…南棟・北棟・煉瓦塀が国の登録有名文化財に登録
だそうである。
「レストラン館」や「ジオラマ館」がオープンのは,2015年なので,まだまだ新しい施設なんですね。
倉庫の中の食堂で,ケーキセットを注文。まだお昼には時間があったので,お客さんは,わたしたちと,男性一人,1組の夫婦と3人組の女の子だけだった。
舞鶴にある赤レンガ倉庫にもいったことがあるが,ここにも,売店があっていろんな地元商品がならんでいた。お酒の共に食料加工品をいくつか購入。
外には,懐かしい気動車が止まっていた。能登に国鉄が走っていた頃も,この姿の気動車だったような気がする。
赤レンガ倉庫には,「ジオラマ館」という建物もあるのだが,わたしたちは行かなかった。たったの400円をケチったと言うよりも,次の場所へ行きたかったから。
ここにあったポケモンマンホールに描かれていたのは,カイリューとマッギョというポケモン。マッギョは浜辺に関係あるらしい。
このあと,金崎宮へ行く予定だったが,雨がひどくなってきたので,パスすることに。機会を見つけて「花換祭(はなかえまつり)」の時にでも寄ってみるかな。
朝,ホテルで観光案内を見ていたところ,お祭り会館があることを見つけた。しかも山車である。
これは見に行かねばなるまい。
この山車会館は,毎年9月に行われる気比神宮のお祭り(氣比神宮例大祭)で曳き出される6基の山車の収蔵庫ともなっている。なんと便利な建物だろう。
昔は,40基~50基もの山車が出ていたという。いわゆるおやっ様連中が負けじと出したのであろう。
6基のうち,見える場所に飾られていたのは2台だった(上の写真)。
しかし,この山車の間にある白い壁に映し出される「祭りの映像」を見ていたら,最後に扉が開いて,どど~んと真ん中に,ひときわきれいな山車が現れた。
洒落たことをするじゃないか。
わたしたちが2階に行っている間に,この山車はバックして倉庫に戻っていった。そのうち,また映像が流れていたので,新しいお客さんが来たのだろう。
2階から撮った山車の人形。ここには石田三成と大谷吉継が飾られていた。大谷吉継という武将は敦賀城の城主である。
この大谷吉継がどんな人かというと。
ちょっと見えないね。説明文の部分を転載しておくわ。
大谷吉継は、豊臣秀吉の家臣の中でも五奉行につぐ地位にあった武将です。 天正17年(1589) 日本海交易の拠点として重要な敦賀5万石の領主となり、 敦賀城の拡張や町並みの整備を進めました。関ヶ原の合戦 (1600)では、石田三成への友情から西軍に属したといわれ、義に厚い武将として今も慕われています。
というわけで,とても友だち思いの武将だったようですね。
あと,二つ,話題を。
日本の祭りというコーナーのガラスケースに,能登半島のキリコが展示されていた。おお~。
通路で繋がっているとなりにミニ歴史資料館みたいなところには,興味深い秤が飾られていた。牛の重さを量るものらしい。
現役のときなら,授業に使っただろうなあと思いながら,シャッターを切った。
そもそも,ここに行くことはホテルの部屋で,朝,決めたこと。
ましてや,ここで「キリコ模型」や「牛重量秤」に出会うなんて,まったく想定外。
だから行き当たりばったりの旅は面白い。
それではお後がよろしいようで――。
気比神宮は,越前國一の宮である。なんとなく,一の宮は見ておきたいと思う。
御祭神は七柱(天皇含む)
本神宮には,7人もの命(みこと)と天皇がご祭神として祀られている。これって珍しいのではないかな。
由緒によると,もともとは伊奢沙別命(いざさわけのみこと)という神様だけだったが,702年(大宝2年)文武天皇の勅命であと6名が追加されたらしい。その際,社殿を修営したときに,突然地下水が湧き出て,今でも「長命水」と呼ばれて親しまれているらしい。せっかくなので飲んでみた。まあ,水だった。
長命水と呼ばれているのは,追加された6名の神と天皇のうち,武内宿禰命(たけうちのすくねのみこと)という神様が,延命長寿の神であったためらしい。
少しは長生きするかな。それにしても,この亀の顔が怖い。
松尾芭蕉の俳句
境内には,芭蕉の句碑があった。「おくのほそ道」の途中で,ここに寄ったらしい。元禄2年(1689年)8月14日の夕刻ということなので,明日が中秋の名月ということになる。
説明板によると,旅籠のおっさんに「明日は晴れるだろうか」と聞いたところ,「北陸の天気は変わりやすいので明日は分からない。今夜中に参詣した方がいい」と言われて,ここで月見を堪能したらしい。詠んだ句は,15句と伝わるという。この銅像の台座には,そのうちの一句が刻まれている。
月清し 遊行の持てる 砂の上
ところで,8月15日は,旅籠のおっさんのいうとおり雨だったらしい。前日に詠んでおいてよかったね,芭蕉さん!
ユーカリの木
よくちょっと大きな神社には,神木と呼ばれる大きな木があって,その木の回りにしめ縄が張ってあったりするが,ここの木は,変わっている。
神木ではないけれども,この木はなんとユーカリの木らしい。昭和58(1983)年に敦賀市の天然記念物に指定された木である。
なんで,神社にユーカリの木があるのか。
そのあたりの事情を,このピンク色の立て看板から引用してみる。漢数字は算用数字にしてある。強調文字もわたしである。
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天然記念物 ユーカリ
この巨樹は昭和11年、当時の陸軍関係者が武運長久を祈願し献木されたものである。
オーストラリア原産・ フトモモ科 ユーカリ属の常緑樹で、当地北陸の寒冷地で生育することは大変珍しいとされる。昭和58年、敦賀市天然記念物に指定される。
献木以来順調に生育したが、平成29年10月23日未明、翌30年8月24日未明に相次いで襲来した台風により中央部及び左部の各太枝が折れる等の被害を受け、様相が大きく変わるものとなった。
市並びに当宮ゆかりのユーカリ樹を後世に引継ぐため、樹木医により防腐処理や添木を施したところ、若葉も芽吹き小枝が太枝となり樹勢を徐々に取り戻しつつある。
神域に湧く地下水の恵みを得て再生する姿に自然界の生命力の強さと神威を感じる。
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親は死んでも子は育つ。すてきな話です。
でも,〈武運長久のための木〉というのですから,戦争の遺産となりますが。
それにしても,なぜユーカリなんでしょう。献木された深い話が知りたいですね。