やっと落ち着いたあたしは、立ってオーブンの前から離れた。
弟がどうしたの? と言いたげに首を傾げる。
弟の無言の問いにあたしは微笑んで答える。
「なんかもう……どうでもよくなっちゃった……」
「どうでもいいって……ひどいなぁー」
やれやれといった感じで弟が肩をすくめた。確かに弟が我が家に帰ってきた事には変わりないので、何かプレゼントできるものがないか、あたしが試案していると、
「じゃあ、ぼくがオーブン開けていい?」
言うと同時にオーブンの取っ手をつかむ弟。顔には、嫌味とは無縁な清々しい笑顔が貼りついている。
もぅ……あたしが何と言っても開ける気マンマンじゃない……あなたは。
今度はあたしがやれやれと肩をすくめる番だった。
「いいわよ、あなたが開けても。まぁ、どうせ失敗してると思うけどね」
どうでもよくなったと言っても、弟の残念がる顔は見たくないので、あたしはオーブンから視線をさっとそらした。
そういえば、お父さんとお母さんはどうしたんだろう……。
あたしの脳内で不意に思い浮かんだ疑問は、
「あああっ――!!」
弟の快活な声によって一瞬でかき消された。うーん、体が良くなったから元気が有り余ってるのかな? まぁ嬉しい事には変わりないんだけど……もうちょっと声のボリュームを小さくしてほしいかな。さっきから耳がキンキンするのよね……。
あたしは両手で耳を軽く押さえながら、弟に近寄ってみる。弟の背に隠れていたオーブンの中身が徐々にあたしの目にも入ってきて――
「ああああああっ――!!!」
「ちょっと、おねえちゃん耳元で大きい声出さないでよ」
あなたに言われたくないわよ!
――とは言わなかった。
いつものあたしなら確実に言っていたであろう言葉は、眼前の光景のせいで見事に頭から抜け落ちてしまった。なぜなら――
「できてる……」
オーブンの中にはこんがりとキツネ色に染まったクッキーが、何度まばたきしても、何度目をこすっても変わらずキツネ色に色づくクッキーが堂々と並んでいる。
あたしは震える手で一番手前にあるクッキーをつかみ、まるで動物の赤ちゃんでもさわるかのようにおっかなびっくり触れてみる。表面は軽く凸状になっており、手触りはざらざらとしている。
うん、お母さんが作ってくれたクッキーと同じだ……。
一通り触り終わると、今度は一口かじってみる。ガリッと少し硬く感じる音が出た。が、案外そうでもない。程よい硬さにクッキーは仕上がっていて、味も……うん。
「おいしい……」
あたしの胸がクッキーのように温かな気持ちで埋め尽くされる。目には熱いものがたまり、半月型になったクッキーの上にぽたりと熱を持った雫が落ちた。
やっとできた……。
何度も何度も何度も頑張ったけど……失敗した。
何回あきらめようと思ったかわからない……。
でも……
できた。
さびしくなっても、泣きそうになっても、諦めなかったから、大切な弟のためだから、できたんだ。
あたしが一人で作ったんだ。
あたしは両手を振り上げて、
「やっ――」
「やったね! おねえちゃん。いいなぁー早くぼくにも食べさせてよ!」
喜びを邪魔された。
溢れそうになった涙が一気に枯れる。
「ちょ、ちょっと! あ、ああ、あなたね!!」
「うぉん? おおかしたの、おへえちゃん」
弟は口の中に丸ごとクッキーを突っ込んだおかげで、全く日本語が話せていなかった。たぶん、うん? どうかしたの、おねえちゃんって言ったと思うのよ……あくまでたぶん、だけどね。
弟よりも大人でえらーいあたしはクッキーに夢中でかぶりつく弟の邪魔をしてはいけないと思い、足音を立てずに洗面所に行くことにした。汚れたうさぎさんのエプロンとピンクのナプキンはお母さんに洗ってもらわないといけないから、ちゃんと洗いものカゴに入れておかないと……。
我が家の洗面所は風呂場と洗濯機、洗面台が所せましと並んでいて、あたしはどこかきゅうくつに思う事がよくあった。
ふうーと長く細い息を吐きつつナプキンを取っていたら、さっき思い浮かんですぐ弟に消された疑問をあたしは思い出した。今の弟に訊いても百パーセント無駄なので、あたしは弟が帰ってきてからの事をふりかえってみた。
んっと……お父さんとお母さんのただいまの声は聞こえたから絶対家の中にはいるわよね。
それで、キッチンと食卓とリビングと廊下にはいないから……あとは洗面所と、あたしと弟の共同部屋と寝室ね。キッチンから一番近いのは洗面所だし、ちょうど行こうと思っていたので、あたしは洗面所から調べることにした。
我が家はキッチンと食卓があるダイニングとリビングが順につながっていて、今キッチンにいるあたしがリビングを見ている時の左の壁の向こう側に廊下があって玄関からキッチンまでは直通だ。廊下の途中でリビングに入られるドアもあって、そのドアの反対側にあたしの目的地の洗面所がある。
そろりそろりとキッチンから廊下に出たあたしはドロボーのごとく前に進む。洗面所のドアの手前で止まり、洗面所がある方の壁に耳をくっつけてみた。すると、お父さんとお母さんの話し声がはっきりと聞き取れた。
「一時はどうなる事かと思ったけど、大丈夫だったねお母さん」
「ほらっ、私の言う通りだったでしょ? あの子たち喧嘩はするけど必ず仲直りするんだから。二人とも私と似て、相手の気持ちを思いやれる優しい子なのよ」
……………………。
やっぱりお父さんとお母さんには敵わないなぁ……。
あたしがはぁ……と感嘆にも似たため息を吐き出しているうちに、お父さんとお母さんの会話は続く。
「そうだね……でも仲直りしてもっと仲良くなるのはいいけど……仲良くなりすぎるのもどうかと思うけど? どうする? 姉弟で恋人同士になんてなったら」
「あらっ、私は良いと思うわよ。禁断の恋……憧れるわね……」
直後、バンと洗面所のドアを開けたあたしは、
「お父さんとお母さんのバカァアアアアアア――!!」
今日一番の叫びを放った。
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弟がどうしたの? と言いたげに首を傾げる。
弟の無言の問いにあたしは微笑んで答える。
「なんかもう……どうでもよくなっちゃった……」
「どうでもいいって……ひどいなぁー」
やれやれといった感じで弟が肩をすくめた。確かに弟が我が家に帰ってきた事には変わりないので、何かプレゼントできるものがないか、あたしが試案していると、
「じゃあ、ぼくがオーブン開けていい?」
言うと同時にオーブンの取っ手をつかむ弟。顔には、嫌味とは無縁な清々しい笑顔が貼りついている。
もぅ……あたしが何と言っても開ける気マンマンじゃない……あなたは。
今度はあたしがやれやれと肩をすくめる番だった。
「いいわよ、あなたが開けても。まぁ、どうせ失敗してると思うけどね」
どうでもよくなったと言っても、弟の残念がる顔は見たくないので、あたしはオーブンから視線をさっとそらした。
そういえば、お父さんとお母さんはどうしたんだろう……。
あたしの脳内で不意に思い浮かんだ疑問は、
「あああっ――!!」
弟の快活な声によって一瞬でかき消された。うーん、体が良くなったから元気が有り余ってるのかな? まぁ嬉しい事には変わりないんだけど……もうちょっと声のボリュームを小さくしてほしいかな。さっきから耳がキンキンするのよね……。
あたしは両手で耳を軽く押さえながら、弟に近寄ってみる。弟の背に隠れていたオーブンの中身が徐々にあたしの目にも入ってきて――
「ああああああっ――!!!」
「ちょっと、おねえちゃん耳元で大きい声出さないでよ」
あなたに言われたくないわよ!
――とは言わなかった。
いつものあたしなら確実に言っていたであろう言葉は、眼前の光景のせいで見事に頭から抜け落ちてしまった。なぜなら――
「できてる……」
オーブンの中にはこんがりとキツネ色に染まったクッキーが、何度まばたきしても、何度目をこすっても変わらずキツネ色に色づくクッキーが堂々と並んでいる。
あたしは震える手で一番手前にあるクッキーをつかみ、まるで動物の赤ちゃんでもさわるかのようにおっかなびっくり触れてみる。表面は軽く凸状になっており、手触りはざらざらとしている。
うん、お母さんが作ってくれたクッキーと同じだ……。
一通り触り終わると、今度は一口かじってみる。ガリッと少し硬く感じる音が出た。が、案外そうでもない。程よい硬さにクッキーは仕上がっていて、味も……うん。
「おいしい……」
あたしの胸がクッキーのように温かな気持ちで埋め尽くされる。目には熱いものがたまり、半月型になったクッキーの上にぽたりと熱を持った雫が落ちた。
やっとできた……。
何度も何度も何度も頑張ったけど……失敗した。
何回あきらめようと思ったかわからない……。
でも……
できた。
さびしくなっても、泣きそうになっても、諦めなかったから、大切な弟のためだから、できたんだ。
あたしが一人で作ったんだ。
あたしは両手を振り上げて、
「やっ――」
「やったね! おねえちゃん。いいなぁー早くぼくにも食べさせてよ!」
喜びを邪魔された。
溢れそうになった涙が一気に枯れる。
「ちょ、ちょっと! あ、ああ、あなたね!!」
「うぉん? おおかしたの、おへえちゃん」
弟は口の中に丸ごとクッキーを突っ込んだおかげで、全く日本語が話せていなかった。たぶん、うん? どうかしたの、おねえちゃんって言ったと思うのよ……あくまでたぶん、だけどね。
弟よりも大人でえらーいあたしはクッキーに夢中でかぶりつく弟の邪魔をしてはいけないと思い、足音を立てずに洗面所に行くことにした。汚れたうさぎさんのエプロンとピンクのナプキンはお母さんに洗ってもらわないといけないから、ちゃんと洗いものカゴに入れておかないと……。
我が家の洗面所は風呂場と洗濯機、洗面台が所せましと並んでいて、あたしはどこかきゅうくつに思う事がよくあった。
ふうーと長く細い息を吐きつつナプキンを取っていたら、さっき思い浮かんですぐ弟に消された疑問をあたしは思い出した。今の弟に訊いても百パーセント無駄なので、あたしは弟が帰ってきてからの事をふりかえってみた。
んっと……お父さんとお母さんのただいまの声は聞こえたから絶対家の中にはいるわよね。
それで、キッチンと食卓とリビングと廊下にはいないから……あとは洗面所と、あたしと弟の共同部屋と寝室ね。キッチンから一番近いのは洗面所だし、ちょうど行こうと思っていたので、あたしは洗面所から調べることにした。
我が家はキッチンと食卓があるダイニングとリビングが順につながっていて、今キッチンにいるあたしがリビングを見ている時の左の壁の向こう側に廊下があって玄関からキッチンまでは直通だ。廊下の途中でリビングに入られるドアもあって、そのドアの反対側にあたしの目的地の洗面所がある。
そろりそろりとキッチンから廊下に出たあたしはドロボーのごとく前に進む。洗面所のドアの手前で止まり、洗面所がある方の壁に耳をくっつけてみた。すると、お父さんとお母さんの話し声がはっきりと聞き取れた。
「一時はどうなる事かと思ったけど、大丈夫だったねお母さん」
「ほらっ、私の言う通りだったでしょ? あの子たち喧嘩はするけど必ず仲直りするんだから。二人とも私と似て、相手の気持ちを思いやれる優しい子なのよ」
……………………。
やっぱりお父さんとお母さんには敵わないなぁ……。
あたしがはぁ……と感嘆にも似たため息を吐き出しているうちに、お父さんとお母さんの会話は続く。
「そうだね……でも仲直りしてもっと仲良くなるのはいいけど……仲良くなりすぎるのもどうかと思うけど? どうする? 姉弟で恋人同士になんてなったら」
「あらっ、私は良いと思うわよ。禁断の恋……憧れるわね……」
直後、バンと洗面所のドアを開けたあたしは、
「お父さんとお母さんのバカァアアアアアア――!!」
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