つまり、こういうのは最初は何でもいいから人を集めるのが大事なのです。
こういう
ネットワーク外部性は、特に互換性のない標準規格争いでは重要で、一度ある程度のシェアを取ることにより、あとから入ってくる人たちもそのネットワークに乗り、いつのまにか爆発的に増えてしまうのです。わかりやすい例で言うと、マイクロソフトのWordが一度一定のシェアをとったことにより、みんなそれに合わせるためにマイクロソフトのWordが支配してしまうわけです。
別製品を買っても、みんなとの互換性がうまく行かなければ、『どんな良い製品
』でも意味がなく、さらにみんなが一度その製品の操作性に慣れてしまっているため、あえて他の製品に替えてまで操作を新しく覚えるなんてことはしないのです。例えばパソコンのキーボードがあんなに打ちにくい配列になっているのかというと、昔のタイプライター時代の名残で、素早く打ててしまうと誤作動を起こすということでわざとそういう設計にしているという説があります。
つまり機械が進化している現代では、打ちやすいキーボードに変えられれば変えられるのですが、一度覚えてしまっている人たちにとっては、新しい配列にしてしまうとミスしてしまうなどその弊害が大きく、新しいのに慣れるためには大きな労力
が必要となってしまい、結局昔のままになってしまうのです。つまり、ネットワーク外部性が働くことによって、一度シェアを取ってしまうと、あとから参入してくる物が良い物でも、簡単には転換できないのです。
これがネットワーク外部性の恐いところでしょうか。