牙月 |   総司と金平糖

  総司と金平糖

    想いの侭に転がす金平糖。

足元に累々と斃れる屍と、地や塀を濡らし僕の身に散った朱。

今回の敵も、口程にもなかった。
意気揚々と現れた烏合の衆は、今や糸の切れた木偶と変わらない。

人の命は呆気なく散る。
其の人其の人の人生の重さなんかに左右されることなく、人は一様に突然終わる。

儚いものだよね。

久し振りに昨日今日と晴天続きで、僕の心の靄も晴れていたんだけど…



血濡れた真剣を肩に預け空を見上げた刻、獣の牙の様な鋭い月が浮かんでいた。

僕の口許に無意味に刻まれた笑み宜しく、意味もなく夜空が笑っているようにも見えた。


…冷たい程、澄み切った白光を放つ月に、僕の双眸は自ずと細まる。


厭な事があったわけでも、心が曇っていたわけでもないのに。

なのに、なんでだろうね、





…頬を温い何かが伝って落ちた。




僕は心のない刀だよ。
別に敵を斬ること自体に躊躇いはない。
勿論敵じゃないのなら、無闇に斬る真似もしないけど。
何時の日にか、此の僕も戦いの果てに逝くんだろう。其れでいいし、そう在りたいと願ってる。

なら、僕の此の泪は何に誘われたの。


近藤さんが願う僕の姿と、掛け離れた血濡れの獣である僕への蔑みの泪?
どんなに願われようと、そう在れない空っぽな僕の愉悦は、近藤さんの想いとは全くの逆に在る。

近藤さんは本当に、優しくて疑うことを知らなくて、それなのに凄く強くて、此の世には珍しい程、信頼に値する人なんだ。

こんな僕の幸せを願い、こう成長して欲しいと、素直に真っ直ぐであると信じてくれている。


…だから、僕は偽る。
近藤さんに嘘を吐き続けなくちゃならない。
信じてくれるあの人の、僕の姿を壊さぬように。

悲しませるのも、失望させるのも、厭だから。



…そうだ。泪の理由なんて、そんなもの如何でもいいよ。

屹度僕は、此の月明かりに誘われたに違いない。
何も云わず見下ろしている牙月は、何もかもを知っている。
僕の心の奥底さえも知っていて尚、主張するでもなく僕を見下ろしている。

冷たい笑みを空に貼り付けるように。



…戦場には、僕一人で充分だよ。
君も要らない。闇の中で構わない。
其れでも、今だけは君の光を浴びて居たいと切に願った。此の銀色の月明かりを―――

※2013.11.7 初稿※
※2023.8.9 加筆修正※
※2024.2.4 再投稿※