ただシンプルに息子に会いたくなる時がある。

 

友達と遊び、好きな洋服を買って、仕事復帰も果たして

それなりに気を紛らわしてこの2か月過ごしてきた。

 

でもそれは立ち直ったわけではなくて

思い出すと沈みそうだから、気持ちに蓋をしていただけ。

 

ふとした瞬間にその蓋があいて、

息子に会いたくてたまらなくなる。

7か月間、一番近くにいた息子はどこに行っちゃったの?

 

予定日だった3/17はもうすぐ。

 

妊婦だったあの人は無事に生まれただろうか、

そんなことばかり思って、気持ちが沈む。

 

赤ちゃんの姿はまだ見れない。

12/16(金)

 

いよいよ明日退院。

入院中は比較的天気が良かったのですが、この日はたしか雨でした。

 

私は退院前最後の検査や問診。

血や傷を見るのが苦手なので、

ひーひービビりながら(笑)

帝王切開の傷の抜鈎もしました。

 

つかまり歩き&ゆっくりですが

前日よりはだいぶ歩けるようになりました。

 

手術後は絶対あと●日で歩けるようになるとは思えない…

と思っていたので、自分の回復にびっくり。

息子ちゃんが力を貸してくれたんだなと思いました。

 

病院から一番近い役所が土日休みだったので、

この日に主人に出生届と死亡届を出しに行ってもらいました。

 

窓口の方が出生届と死亡届を同時に出されたことに「???」で(多分慣れていなかった)

その上、もろもろの対応もよくなかったらしく

珍しく温厚な主人がぷんぷんして病室に帰ってきました(笑)。

 

旦那さん、

自分も子を失った親なのに

私の代わりに色々動いてくれてありがとう。

 

火葬場の予約もして、事務処理はいったんひと段落。

 

夜「退院おめでとう。息子から」って主人が小さいケーキをコンビニで買ってきてくれました。

あくまで主人からではなく息子からと言い張る旦那さん(笑)。

 

嬉しくて号泣しました。

食べるのが勿体無くて、ケーキをプリザーブドフラワーみたいにして

持ち帰りたい気持ちでした。

 

ケーキと息子と私の2ショット撮影。

息子は亡くなってから日に日に表情がやわらかくなり

この日にはもう、誰が見ても「笑顔!」と言い切れる表情でした。

素敵な笑顔で写真に写ってくれてうれしい。

 

優しい旦那さん。

この人と結婚してよかった、ってこの入院中何度思ったかわかりません。

 

息子ちゃんよ、あなたのパパは家族思いで優しいパパだよ。

 

 

朝ごはん

 

 

 

昼ごはん

 

 

 

夜ごはん

 

 

12/15(木)の食事。

 

朝ごはん

この辺りで朝は絶対パンなんだな…と気づくw


 

昼ごはん

お昼はお祝い膳が出ました。



聞かされていなかったので正直びっくりしました。


でも私の場合はお祝い膳なんか食べる気になれないとか

配慮が足りないとかは思わなかったです。


息子が生まれてきてくれたおかげだと思って

むしろお祝膳を食べられることに幸せな気持ちでした。

 

息子と話がしたい、一緒に遊びたい、だっこしたい

たくさん笑ってそして時には一緒に悩みたい。


今回はこれができなかったけど、息子のママは私一人だけなので

だから私をママにしてくれてありがとう。の気持ちでいっぱいいです。

 

夜ごはん


 

この前日に、産後初めてのシャワーを浴びました。

この日もシャワーを浴びました。2日連続。


お腹の傷が痛くて超時間かかったし、点滴のポートを極力濡らさないようにしなきゃって

色々配慮しなくてはいけなくて疲れました。


お風呂終わったときにはぐったり。。

二日連続お風呂、頑張ったわたし。


洗うのも乾かすのも時間がかかるので

次の出産時にも絶対ショートヘアーにしようと思いました(笑)

 

お風呂あがってsilentを病室で主人と見たのは

入院中のちょっとした思い出。



12/15(木)

 

血液検査などもろもろの結果、退院日が17日(土)に決まりました。

昨日名前を決めて先生にお伝えしていたので、

新生児科の先生が死亡診断書を作ってくれました。

 

私たちは出生届と死亡診断書の左側にある死亡届に

息子の名前などの必要事項を記入。


ちなみにお腹の中で亡くなると死産届を出すみたいなのですが

私たちは出産と同時に死亡ということになり

死産届ではなく死亡届を出すことになりました。

これは医師が決めてくれます。

 

本来であれば幸せな出生届。

どうしてこんな気持ちで書かなければ…と胸が苦しくなりました。

ただ、自分たちが一生懸命考えて決めた名前が戸籍にのるのは

母として嬉しい気持ちで、その名前を丁寧に書く主人が愛しいなと思いました。

 

退院日が近づくにつれて、本当に息子とお別れしなければならないという現実を受け入れなければならず、さみしくてたまりませんでした。

毎日息子に会うたびに「さみしい」と泣いていました。

 

息子が生まれて、こんなにかわいくて愛しい子どもに出会えたことがうれしくて

でも別れなければならない寂しさも同時に体験しなければならない

こんなこと、二度と経験したくないです。

 

 

12/14(水)

 

昨日からバルーンをとって自力トイレ生活。

トイレするとき、帝王切開の傷がめっっっちゃ痛くて

「本当に退院できるんだろうか…」と思うほどでした。

 

これまで息子には夜会うことが多かったので、

昼に会って、明るい外の世界を見せてあげようということに。

 

息子を連れてきてもらったら、折り鶴が倍に増えていました!笑

看護師さん、いっぱい折ってくれたんだな~と

うれしい気持ちとともに、その温かさが沁みて泣けました。

 

窓をちょっと開けて、旦那さんにだっこされて陽の光をいっぱい浴びていた息子。

「気持ちいい~」って声が漏れてきそうだね、なんて話をしました。

 

本当はいっぱい散歩にも、公園にも連れて行きたかった。

一緒に外を歩きたかった。

 

今書いていても泣けてきます。

 

最終的に顔を見て決めたいねと言っていた名前。

この日の顔を見て最終的に決めました。

 

天気も良かったので、昼間の明るい世界をたくさん見せることができて良かったです。


生まれてから初めてみる青空、喜んでくれてたらうれしいなぁ。

 

朝ごはん

右下はミネストローネ的な何かでした。


 

昼ごはん

お昼ご飯は必ずジョア(マスカット)が出ることが判明😂


 

夜ごはん

唐揚げ〜!って喜んだ記憶。笑


 

 

12/13(水)

 

昨日に引き続き、夜に息子と面会。

会ったときに、ブルーの折り鶴が添えられていました。

 

看護師さんが折ってくれたみたいで、とてもうれしかったです。

暗い冷蔵庫で一人でさみしく寝ていたら…と考えるだけで涙が出てきていたのですが

折り鶴のおかげで、一人でもさみしくないなと。

 

私の入院中、主人は食事が出ないので

院内のコンビニでご飯を買うことが多かったのですが

息子に、とお菓子をたくさん買ってきてくれました。



 

息子が喜びそうなキャラもののお菓子や

私が好きそうなチョコのお菓子をたくさん買ってきてくれて

主人の優しさに号泣。

 

もったいなくて食べられなくて、今も息子の骨壺の傍に置いてあります(笑)

 

悲しみに浸りつつも、死亡届を出すために名前を決めなければならず

この日から主人と話し合いました。

 

私は産休に入ってから考えようと思っていたので、まったく考えていなかったのですが

主人は男の子だとわかってからすぐ、名前の本を買ったり

決めるのを楽しみにしていたので、いくつか候補がありました。

 

その中からあれでもない、これでもないと画数なども考えながら

名前の候補をいくつか出しました。

 

こんなに急いで決めることになると思っていなかったけれど

今はこの名前で気に入っています。

12/13(火)

 

8時ごろ起床。

 

麻酔による下半身のしびれは完全に消えました。

ただお腹はまだまだ痛く、点滴で痛み止めを打ちながら

悪露も看護師さんに変えてもらっていました。

バルーンはたしか、この日の夜にはとったかな?

 

この日から朝ごはんが出るように。

久しぶりのパン、うれしすぎた。



 

でももし便が出たら、こんなお腹の状態で行けそうにない…

食べ過ぎたらまずいかな…

牛乳とかお腹ゆるくなりそう…と思って

心から食事を楽しめませんでした。w

(でも結局完食したんですがw)

 

本当に本当に特別措置で、主人も退院までの間、

同室に居ていいことになったので

入院に必要な荷物を取りに帰ったり

仕事を片付けるために主人はいったん帰宅。

(救急搬送されたときはばたばたで、最低限の荷物しか持っていなかったんです…)


特別措置をとってくれた

大学病院の心ある対応に本当に感謝です。


あの時一人にされていたら、頭がおかしくなりそうでした。

病院の窓から飛び降りて、息子と一緒の世界に行きたい

本当にそう思っていました。

 

病院に迷惑をかけないように

帰宅するときは、電車を使わずタクシー移動したり

菌を持ち込まないように気を付けました。

 

二日目昼ごはん



 


二日目夜ごはん

白米のおかずになるものがすくなかったので、

小鉢に入った青椒肉絲で一生懸命ご飯を食べた記憶w



 

出産して明けて12/12、入院2日目。

 

昼になって、昨日のお昼のパッタイぶりにご飯が食べられるようになりました。

 

お昼ごはん↓


 

おかゆなのは、帝王切開したからなんでしょうか。

おかゆの量が多くて(笑)、たまご風味の液体ふりかけで食べ切るのに必死でした。

 

あと切ったお腹が痛すぎて起き上がれず

食べるのが大変でした。

(でも結局ほぼ完食しましたが笑)

 

夜ごはん↓



 

白米復活。

ご飯+おかずの組み合わせってなんでこんなに美味しいんだろう…と感動。

これも完食。

 

私の場合、悲しみと食欲はイコールではないみたいです。(笑)


 

12/12(月)続き

 

夕飯を食べ終えてから、息子と面会しました。


前日に思っていた「写真を撮ってもいいのかな…」という戸惑いも消えて

見送るまでに多くの思い出を作ろうと、写真をたくさん撮りました。

 

手形とか足形も取れますよ、と看護師さんから聞いていたので

この日に取ることに。

 

400gほどのちいさい息子だったので、

手も足もとっても小さかったんです。

皮膚もやわらかかったので、傷つけないように丁寧に取りました。

 

色紙とか用意する方もいらっしゃるみたいですが

色紙だと大きすぎるので

母子手帳の裏と、小さな厚紙に取ることにしました。

 

私は帝王切開後でまだ起き上がれなかったので

看護師さんと主人の二人で取ってくれたのですが

その時の看護師さんがとてもいい人で

また会いたいなと思う人のひとり。

 

「ちょっと動かしますよ~」

「服をちょっと脱がせてくださいね~寒くてごめんね」など

息子にちゃんと話しかけてくれるんです。


生きている子と同じように接してくれて、その場が明るくなりました。

 

とてもきれいにとってくれて、今でも私の宝物の一つです。


出産日の次の日は12/12 月曜日でした。

 

分娩直前に上司に連絡をして、12日朝イチのMTGに出られれないことを伝えたのですが

まさか帝王切開で死産になると思っていなかったので

しばらく精神的にも肉体的にも復帰が難しいことを伝えなくては、と思って朝のうちに各所に連絡。

 

こんなことを突然言われてもびっくりするだろうな……と思いつつも

正直に説明したほうが相手も納得してくれるだろうと思って

上司にも友達にも、包み隠さず話しました。

 

多くの人からは素直に

「なんて声をかけてあげたらいいかわからない」と言われたのですが

その言葉が自分にとってはありがたかったです。

 

もし自分が友人の立場だったら、まったく同じことを思っただろうと思うから。

 

「なんて声をかけていいかわからない」というのは

嘘偽りのない、本当の気持ちだなというのが伝わって

一番私の心に届きました。

 

大学の友達が死産を経験していたので、その子にも報告。

(奇しくも、その週の週末に会う予定だったんです)

 

すごく親身に返事を返してくれて

自分もその子になら何でも話すことができて

つらい感情や火葬などの手続きのこと、

いろいろ教えてくれました。

 

今でもすごく感謝しています。