たからばこ

たからばこ

ソトス症候群の息子「ソウ」と歩くのんびりゆっくり幸せな日常を綴ります!

10月だーーーマジで早い。



とにかくバタバタとすぎていく毎日。


日々記録しておきたいことはあっても

とにかく目の前のタスクをやり遂げることに必死でプラスアルファができない。




9月末、都知P連主催の勉強会に参加してきました。


ずばり「卒後のリアルな生活」というテーマ。


講師は、綿祐二先生。


日本福祉大学の教授でもあり、社会福祉法人の理事長でもある綿先生。



ソウがまだ就学前にも勉強会に参加したことがあり、初めて先生の公演を聞いた時には衝撃だった。


あれから10年以上がたち、いよいよ卒業後のことがリアルになってきた今、また先生のお話を聞けたことは本当によかった。


綿先生自身、6人家族中綿先生以外の5人が障がい者という環境で育っています。



お父さんが下肢麻痺、お母さんが全盲で片麻痺、お兄さん脳性麻痺、上のお姉さん知的障がい、下のお姉さん脳性麻痺+医療ケアあり、4人兄弟の末っ子として生まれたのが綿先生。



4歳くらいから当たり前にきょうだいたちのケアに入っていたといい、ヤングケアラーの先駆けのような人。


でも先生は、自分でヤングケアラーだと思ったことはないそう。


先生は、


障がい者の家族がいてよかったか?と聞かれたら、よくないと答える


生まれかわってももう一度障がい者の家族やりたいか?と聞かれたら、やりたくないと答える


でも、あなたは幸せか?と聞かれたら、幸せだと答える


と。


障がいがある家族がいることは、楽ではない。

でも不幸にはつながらないんだ。


その通りだと思う。




20歳の時に、いつまで家族の世話しなきゃいけないんだろう、誰かに任せちゃおう、ということで初めて施設を立ち上げ、今や45施設ほど擁している。



そんな綿先生のお話は本当に綺麗事だけじゃなく、とても考えさせられるんだけど、ユーモアたっぷりで、笑いあり、そして涙ありの、素敵な時間を過ごせました。


卒業後の生活として、日中活動、居住、後見、この3つを考えていかなくてはいけない。



ライフステージの課題を次に持ち越さないことが大切。


2ステージ先を考えることが必要とのこと。


(例えば、高等部のことを考えるなら小学部、卒業後の居場所について考えるなら中学部)


この法則だと、全然間に合ってない我が家。。



この夏、区内の生活介護施設に片っ端から見学に行ったけど、残念ながら、心からここがいいと思える施設には出会えていない。



というのも、福祉(就学前)→教育(小~高)→福祉(生活介護や就労支援施設)と進んでいく中の、


教育の12年間は、感覚が麻痺するほどのスーパーパラダイスと綿先生も仰っていた。



教員の配置もかなり手厚く、放課後デイなども充実。


実際ソウは小~高等部までずっと重度重複学級で、時にはマンツーマンのような恵まれた環境で育っている。


卒後は荒波だよー!?と綿先生。


そうなんだよね…今の温室に慣れすぎていて、実際見学にいった施設のどこも、人手が足りないように思ってしまった。


国の基準だと、生活介護で4対1の職員配置らしい。


重度4人にスタッフ1人って無理じゃない?


ここでソウやってけるのかな。


ほっとかれるんじゃないか。


発語のないソウの意思をわかってくれるのか。



卒後の荒波を見据えた状況に少しずつ慣らしていく必要がありそう…


収入と支出に関しての心配も。


年金+手当+工賃+家族支援と、支出のバランス。


ソウは重度だから、年金や手当などのフルセットが見込めるけど、ソウより軽い、できそうでできない子達が1番大変だという先生の話もありました。



居住が決まっても、例えば本人が歳をとって身体障がいも抱えた時に対応できる環境なのか、


昨今よく問題になっているような不祥事はないか、


考えなくてならないこと、見極めなくてはならないこと、たくさんある。



最終的には、ここまで考えなくてはいけないよ、と言われ、胸が締め付けられるような気持ちになったこと。


それは、我が子の命の終い方について。


実際に綿先生のグループホームで保護者に配布している、何かあった時の延命措置に関する同意書をみた。



心肺蘇生、気管挿管、胃瘻や腸瘻…10をこえる項目、発語のないソウにかわり、するかしないかを決めるのは私たち家族。


発語がないだけで、決められないわけじゃないかもしれない。


意思はあると思ってるけど、こんな大事なことをかわりに決める重圧。


親亡きあと、のことになるか、もしかしたら看取るのか、わからないけど。



後見人についても、先生の感覚だと、善し悪しかなりわかれ、ほんとに良い後見人さんだなと思えるのは2割と…

(法定後見人と思われる)


本人が死ぬまで1度も会いにこない、というか本人が死んでも会いにこない後見人もざらにいるって。



お金の管理をしてくれさえすればいい、と捉えるのか…


法定後見人に支払う報酬も決して安くはない。



最後は人とのつながりが1番大事になってくると思う。


綿先生、お母さんが亡くなった時に思ったそうです。


全盲で片麻痺で車椅子で、幸せだったのか?と思う人もいたと思う。


でも、先生は、


母さんは絶対に幸せだったと言い切れる、なぜなら障がい者として生きてない、母として生きたから、と仰っていました。


みんなそう。障がい者 とひとくくりにされるのではなく、その人その人の人生がある。


ソウはソウ。


障がい者 としてではなく、 ソウ として関わってくれる支援者をいかに増やすか。



悩みや考えることは山積みだけど、


ソウが生まれた時にした、必ず幸せにする、という約束を絶対に守りたいと思う。