③
私は九州北部の海に面した漁村で生まれた。
父は高校を出て、そのまま漁師になり、一家の大黒柱として家族を支えている。
母は建設会社の事務員として働いている。
姉は関東の大学の医学部に進学した。そのあとは都内の大学病院で勤務しているという。ちなみにここ数年顔を見ていない。
姉の顔はうろ覚えとなっているが、この体に染み渡っている港の潮風の匂いは
一生忘れ去ることはできないだろう。
私は現在、県内の大学に通っている。
家からは距離があるため一人暮らしをしている。
解放感という言葉があるが、今ではそれに本当に感謝している。
あの漁村からおさらばできたことが一番の理由だろうか。
私はあの村の暮らしにうんざりしていた。
なにもないのだ。
若者が抱く探求心、好奇心をくすぶるような衝動が
あの漁村にはないのだ。
私は今、少しだけ広い世界を見ている。
そこは、暗黒に染まる世界が有った。
そう、素晴らしき世界が私を待っていたのだ。
私の右額部から頭部にかけた箇所には、子供の握り拳一つ分の腫瘍がある。
母は、それは最初は小さなものだったという。
小学校卒業前後に出き始めたらしい。
現段階になったのは中学2年の時だった。
当然のように、同級生の間からの冷やかしはあった。
だが、私はその屈辱に耐えることができる精神力が自然と備わっていたように思える。
そう、この顔は
私に与えられた罰
罪人がそうするように、
私もこの無様な顔をさらけ出しながら生きてゆくしかないのだ。
続く
②
ふと人ゴミの中で立ち止まってみよう。
そこには恐怖だけがある。
自分を取り囲みじわじわと近づいてくるような恐怖感。
しかし、それだけが恐怖ではないのだ。
『精神的恐怖』と名をつけてみよう。それはふと疑問に思うことから始まる。
自分は何のために生きているのだろう?そして、何のために生きてゆくのだろう?
大切な人たち、親、兄弟、恋人、家族のために職に就き、安定した『暮らし』を求めるために働く。
そう、それが自分の義務。使命とも言うべきか?
そのために、毎日を繰り返し死を待つだけなのか?
答えをそれに重ねてみる。
それは『生きている』と言えるのか?
私は決めたのだ。
こんな問い掛けを自分にする事も、もう充分に済んだ。
私は答えを見つけた。
私は生き続ける。
こんなにも美しい絶望の世界で。
続く
①
俺が呼んで感銘を受けた物語をここに記します。
私は不幸だ。
この晴天も、人ゴミを見下ろす巨塔も、さらには緑樹豊かな自然たちをも、
私を蔑み、侮辱しているように思える。
誰もが単なる、よくある『自己嫌悪』だと、明るく笑い飛ばすのだろう。
しかし私には、僕の心の中には、
光が射し込む日は来ないのだろう。
永遠に。誰かが救ってくれると言う予測も、何らかの転機が訪れると言う希望も、
何もかも残されていない私の肉体は静かに、その肉体が朽ちるのを、この暗黒の世界で、待つしかなかったのだ。
それが今の私の、心からの小さな希望の火となっていたのだ。
続く