no design, no happy society&community
いつも応援して下さっておおきにでございます。
昨日は某ドイツメーカーの千葉・船橋工場へ
弊社が発注した産業用ロボットのカスタマイズ(微調整)進捗を確認しに行って参りました。
(10月13日に大阪の新工場へやってきます。ロボットという響きで小学生の時のよにワクワクしている僕。
やっぱり精神年齢が低すぎるのかも・・・
)
今回のご縁でも、いつもの如く沢山のナレッジを頂きました。
ありがとうございます。
ビジネスシーズ(種)といい、マネジメントのヒントといい、ちんぷんかんぷんな産業機械用語といい、
今回も本当に目から鱗のお話を沢山頂きました。
(流石にぐったりと疲れてしまいました。珍しく)
その中でも、一番共感したのが「デザイン」についての話。
●日本のメーカー(モノヅクリ)のマジョリティー概念は
品質≧コストという優先順位
⇒だから不の解消による利便性(顧客満足度)と要らないものが削ぎ落とされた形状(機能美)が
同時に生まれる。
●海外のメーカー(ドイツやスウェーデン)のマジョリティー概念は
デザイン≧品質≧コストという優先順位
⇒だから欲求(触ってみたい、使ってみたい、大事にしたい)を掻き立て、不の解消を忘れさせてしまうような
所有満足感(ブランドロイヤリティー)を跳ね上げる。
そのメーカーさまで創っているパーツは、
一つ一つに明確な「デザインポリシー」が貫かれていました。
オペレーターが着用されている作業服もしかり、マシンを覆うカバーのアール(曲面)もしかり、
機能美は当然のことながら、使い手を惚れさせる(機械に恋をさせる)付加価値をつけておられます。
歴史も古く、ドイツ・メルセデス社の創業当時からのアライアンス企業さま。
初期ベンツを製造していた当時からお互いタッグを組んで、
今や双方とも世界の超一流企業として成長を遂げられました。
入り口に貼ってあった創業者のお言葉が印象深い。
「信頼を失うくらいなら、むしろお金を失った方がよい。
製品は、いかなる客観的テストにも耐えうる、
あらゆる点ですぐれたものでなければならない。」
僕は無意識に「製品」という言葉を「企業」とか、「ブランド」とか、「デザイン」に置き換えていました。
モノヅクリに責任を負う人間であれば、この言葉をしっかりと胸に刻んで今を歩く必要がある。
そう強く感じた。
外資系企業にお勤めのプロフェッショナルなエンジニアの方々から伺ったエピソードに
モノヅクリスピリッツと、企業家スピリッツ、共に着火させられてしまいました![]()
その後は、前職の同僚がオーナーを勤めるお店(池袋)で、元後輩のイケメンビジネスパーソンと待ち合わせ。
その元後輩(何度も挫折していた23歳新卒当初から存じ上げてます・笑)は今やIR系コンサルティング企業
(既上場企業の買収防衛戦略や、その他デューデリ特化したプロジェクト型営業に特化した組織)
でマネージャーとして第一線で活躍されています。
ますますイイオトコになっており、ビジネスモデルのお話、結婚式幹事での感動話、欲丸出しなバカ話など
久々に5時間近く?アツく語り合いました。
オーナーになっている元同僚のお店の素敵な内装に後押しされるかのようにテンションは上がり続け、
3人ともマシンガンのように話し尽くした。
お店の中は、一目で元同僚の創ったメニューだろうと分かる字体で、絵やポスターが散りばめられており、
そこでもデザイン(自分の中にあるものを表現し、ヒトに良い影響を与えようとすること)のチカラを再認識。
目の前で出身も年齢もバラバラなお二人が笑い転げながら話す様子を見ていて、
幸せなキモチになる。
彼らが仲間でいてくれて良かったなぁと改めて思う。
ふと浮かんできた、コトバ。
no design, no happy life
no design, no happy society&community
ミミズのハウような字で
朦朧となる意識の中でノートに書き記した。
最近はどれほど睡眠時間が短くても、決して眠くなることは無かった僕。
昨日だけは久々に電車に乗り込んだ瞬間にオチテしまいました。
駅員さんに起こしてもらうことも4年ぶり?です。
(駅員さん、ありがとうございます)
終着駅に住んでてヨカッタ、ヨカッタ…![]()