虹の国をみつけたら past 22
死に損ないの青と赤


そんな日々が続いたせいか僕はますます忙しくなった。
ゲストハウスから歩いて5分のビーチ。たどり着くまでに30分はかかってしまう。
このころにはビーチサンダルも履かず裸足で街を練り歩くようになっていた。
線路の上をあるく。港まであるく。
ショッピングモールに入ると裸足はだめだと警備員に怒られた。
丸くなっていた足の指先はまっすぐに伸び正しい姿勢を思い出し、
コンバースはもうきつくて履けなくなっていた。

1つ2つ季節をまたぐほど同じ街にいると街の人々の変化が見受けられる。
毎日、同じ交差点に立つ白人ホームレスの髪型も変わった。明らかに床屋に行っている。
ストリートで寝ているチビ達も少しだけ背が伸びたのが確認出来る。
ビーチには黒人のちびっこサーファー達がいる。
サーフトリップする白人にもらったのかボロボロの板とウェットで器用に波を捕まえている。
レストランの床にはしばしばピカピカの5セントコインが落ちている。



刺激的な日々が中毒的に自律神経を刺激する。
長旅の疲れがたまり手先の指が凝り固まり思うように握る事が困難になってきた。
体温を測っても寝起きは34℃代を示し朝食、昼食を食べた後には37.2℃を示す。

壊れたかな?同居する黒人何人かに体温を計らせるとみな37℃台前半だった。

体温計をみながら黒目をくりくりさせながら彼らは僕に尋ねる。

「平熱だ、何も問題はない。」

心身供にアフリカ人に近づいてきた。
どんなに都市化が進んでも街の気候はやはりアフリカだ。 
雨が降る短い春を越えて季節は夏に移り変わろうとしている。
太陽光が強く設定してあったマニュアルモードで写真をとると画面が白く飛んでしまう。
冬の間に合わせたときはちょうど良かったのに。
一度、目やにが止まらなくなった。市販の目薬でやりすごしある日鏡をみて驚いた。
眼球の、黒目の色が変わってしまっている。もともと母親譲りの茶色い僕の目は強すぎる太陽光にやられたのか銀色になっている。

まるで外国人だ。自分の目の色が変わってしまったのか、目に入る色の感じ方が変わってしまったのか結局はわからない。
それからしばらくすると僕の目の色はもと通りの茶色に戻っていた。
オーバーステイをし、体が悲鳴を上げても旅行保険はとうの昔に期限を過ぎている。
病院に行きたくても行けない。
仮に行ったとしても東洋人の基本的な体調のデータなど、この国の医師はどこまで把握しているものだろう?
疑問を感じながらもさすがに大幅に予想と予定をはみ出した旅を少々後悔した。

重たい体をほぐし動かすにはアドレナリンを出す刺激的経験以外、解決する方法を思いつかない。

喉も凝り固まり大声を出したがっている。 
僕は夜中の海に出かけ誰もいない桟橋の一番向こうまで行き月を眺めていた。

いい月夜だった。

周りには誰もいない、僕は大声で叫ぶ。思いつく歌をうたった。それがすむとまた叫んだ。
どれだけ大声をだしても声は広い空とインド洋の強い波音に消されてしまう。
満足するまで僕は喉を使った。
喉のストレッチが終わると気分は爽快になり体をますます動かしたくなる。

暫く海を眺めていると、ふと、目の前に広がる真っ黒な海に飛び込みたくなった。
桟橋の両サイドは離岸流が沖へと流れている。
飛び込み桟橋から離れれば岸にたどり着く波に乗れる。
飛び込んで直進30メートル。そこから左に90度ターンし岸を目指して40メートル
ざっとそんなところだ。

靴は履いていなかった。カメラも持っていない。
服を着たまま、お気に入りのキャップを持ったまま
僕は夜の海に飛び込んだ。
太陽光のもとで見る海はエメラルド、しかし夜中のそれは本当に真っ黒だ。
真っ黒な波が恐怖心を誘う。右から左へと次から次に波はやってくる。平泳ぎで橋から離れる。
目測30メートルに到達、よし、今度は左に90度曲がり40メートル先の岸を目指す。
昼間の海には何度も飛び込んでいた。
普段はサーフボードを抱えている
浮力の違いは明らかで思った以上に体力はなくなっていた。

まずいな。大丈夫か?一瞬の疑問が抑えていた恐怖を呼び起こした。そーいや鮫もいるんだったな。
パニックが喉仏まで出掛かっている。息が出来ない。体勢を変え背泳ぎをする。
波が覆いかぶさるように襲い、鼻から入ってきた海水が呼吸をさらに乱す。

苦しい。呼吸が更に乱れる。今度はクロールで岸を目指すも一向に近づかない。
パニックになったら負けだと自分に何度も何度も言い聞かせる。
波は容赦なく次から次へと僕を襲う。息をしようにも波と波の間呼吸は浅く心臓の音が早くなる。

意識が遠くなってくる。

ある人を思い出した。スノーボードブランドの撮影をディレクターしたIさんだ。
彼も海を愛しサーフィンが大好きだったが僕が南アフリカに来る直前に海の事故で亡くなってしまったのだった。
あぁ苦しい、Iさんはこんなに苦しい思いと怖い思いをしながら死んでったのかな?....

死にたくない

その時だった。
針で皮膚を付かれるような音速の痛みに似た何かを感じた。
意識が覚醒し僕は右手に握っていたお気に入りのキャップを手放し無我夢中で水を掻き岸を目指した。

いけるいけるいけるいえる


クロールしていた手が海底の砂にぶつかった。
乱れきった呼吸。膝が砂に着きそれを確かめる。
唸りながら笑いながら砂浜を歩きコンクリートの舗装されたブロックの上に突っ伏した。


生きてる生きてる生きてる

自分の呼吸の音と背中の硬いコンクリートを感じながら確かめる。
近くで眠っていたブラックが何事だ?と駆け寄ってきた。

「煙草持ってるがぁ?」

買ってきてやるぅ!
ブラックは何処かに走り1本の煙草を握って戻ってきてくれた。


加えさせてもらい火を点けてもらった。
温かい苦い煙をすうと体中に安心感が広がった。
空が見える。男は何を話すわけでもなく、ずっと近くに、側に居てくれるのだった。




意識は朦朧としたままゲストハウスにたどり着いた
夜番のピンディーレと目が合う。
どんな言葉を使ったのか覚えていない
彼女に抱きつき一緒に寝てくれと懇願した?

ドラッグでもやったの??

眠たそうに目をかく彼女に詰め寄る
海で溺れて死にかけた。俺は今狂っている。お願いだ。

彼女はため息をしたあとエントランスの電気を消しその奥にあるテレビラウンジのソファーに
腰掛ける。襲うように彼女に覆いかぶさるとお願いだから落ち着いてとそれを拒まれた。

言う事を聞いて!彼女に促されるまま僕はソファーに座り直すと
彼女は僕の後ろにまわり羽交い絞めるように抱きしめてくれた。
両手を胸にあてゆっくりと下腹部におろす。
温かい。魔法のように感じる。あの有名な映画。黒人の死刑囚が持つ不思議な力。
たった3回なでられると僕は深く眠りに落ちていた。







長く伸びた髪を切ることにした。
旅に出てから4ヶ月髪は伸びきり1つに纏められるほど伸びきっていた。
束ねていれば問題ないが海に入り波を1つ被る度に髪をかきあげる手間が面倒に感じた。
この国の黒人女性達はあまり髪を切らない。
彼女達はベースの癖毛を器用に編みこみドレッドヘアにしたり
ウイッグをつけて髪形を変えファッションを楽しむ。

癖毛をストレートにする薬や技術はあれどそれはまだまだ高値の花なのだ

男達はもっぱら坊主。黒人のヘアサロンではバリカンかエクステンションは有ってもハサミはなさそうだ。と言うわけで、インド人の経営するバーバーに足を踏み入れる。

モヒカンにしてくれとオーダーすると海外だという事を差し引いても恥ずかしすぎる髪型になってしまい結局はリーゼント風にまとめる事ができる刈上げに落ち着いた。






死に損ないの青と赤
A true story by sotaro ohdake
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