試合前の練習中に

クモ膜下出血で倒れ、病院で入院していた

読売ジャイアンツの木村拓也守備走塁コーチが

ついに亡くなりました。

37歳という若さでした。


残念でなりません。


ユーティリティプレイヤーだっただけに

コーチとして出来ることが

まだ沢山あっただけに

とても悔やまれる死であると思います。


病院に搬送された時点で

Lv5(最悪の状態)であったにも関わらず

意識不明でありながらも

5日間も耐え抜いた

木村拓也コーチは、とてもすごいと思います。

それだけまだ野球をしたかったのでは

無いでしょうか。



木村拓也


1990年

ドラフト外で日ハム入団(当時18歳)


入団当初は捕手

2年目で外野手に転向


4年目のオフに広島に入団

この年から内野手にも挑戦


2000年に1ち番打者として定着


2004年アテネオリンピックに出場

ユーティリティプレイヤーとして

攻守で貴重な活躍を見せた


2006年

チームの若手起用の方針により

開幕2軍スタート


2006年シーズン途中

巨人へトレード





プロ19年目にして




初の日本一に輝いたその夜



現役引退を決めた




ファーストで出場:36試合


サードで出場:61試合


セカンドで出場:760試合


ショートで出場:91試合


センターで出場:271試合


レフトで出場:92試合


ライトで出場:196試合


キャッチャーで出場:5試合



日本球界に大いに貢献してきた

木村拓也選手

ご冥福をお祈りします。