この春は、部活や宿題、家族旅行など忙しい中で、読書の意味を再認識したようです。


まず、読書。前述の通り私は父を除く家族と(仕事で不在)、在来線で旅をしてきました。普通なら新幹線で行くような長距離ですから、片道で8時間近くも電車に揺られるわけで、時間ならいくらでもあります。そこで、学校の先生のお薦めする本を中心に読むことにしたのです。旅行中に全て読めたわけではありませんが、レイチェルカーソン「沈黙の春」、ブルーバックスの小方厚「音律と音階の科学」、ハリエットストウ「アンクルトムの小屋」、芦原すなお「デンデケアンコール」など。

「沈黙の春」は化学の用語がたくさん出てきて理解するのに時間のかかる箇所も多くありましたが、著者の信念と社会への批判、未来の人々への願いが非常に強くかかれていました。私は生物に多少興味があるのですが、特にこの本のテーマである生物濃縮が出てくる環境の分野が好きです。近年の工業発展と、環境破壊は明らかに強い関係があります。別に資本主義を批判するのではありませんが、利益を追求する時、必ず失われているものがあるということに気づくこと、そして、なるべく早く対象していくことが大切だと思います。

ブルーバックスは、音楽の先生の勧めでした。ここでは詳しい内容には触れませんが、先生が私に勧めたきっかけは、私の完全◯度に関する質問でした。音階の作られ方から学ぶことで理解しやすいのではないかと思われたのでしょう。部活の顧問でもある先生はいつも、私たちに授業で扱わないような内容を個別に教えてくださるのです。簡単なコードの理論など。

「アンクルトム」はとても長い作品でした。実は前に挑戦してあまりの文章量にリタイアしてしまったことがあるのです。それでも、今回は時間がありましたから、しっかりと最後まで読むことができました。そして、様々な人物の立場からの、深い心情描写から、「時代が与える価値観」の恐ろしさを学びました。あの時代では、別に奴隷制など問題ない、あるいは、人種によって優劣がある、と本気で信じる者が平気で存在しているのです。それは政治的プロパガンダとも関係しているかもしれないし、そうでないかもしれませんが、とにかく多くの人が「心」と呼べるものを失っていたのです。それはもしかしたら、自分自身の中で考える行為の有無も関わってくるのかもしれません。

最後の「デンデケアンコール」は、実は旅行後に読み始めました。私の好きな、同作家の直木賞作「青春デンデケデケデケ」の続編という立ち位置の作品ですが、(古い音楽好きなら)非常にスラスラと読め、エンターテイメントとして充実しています。自分の中高校生の時間の過ごし方のヒントを前作からもらい、高二という進路にも大きく影響してくる年度が始まろうとしている今、未来へのヒントを続編で得たのです。主人公は結局、早くに夢をあきらめてしまいますが、自分だったらどうするだろうか。正直なところ、よくわかりません。だから、今は高校時代の主人公のように、とりあえずは都会のいい学校に行くため、できる限りの努力はしようと思います。


そう、読書はエンターテイメントであり、学問の教科書であり、同時に相談相手でもあるのです。自分はこれまでに多く本を読んできた方ではありません。むしろ、時間のかかる読書とは少し距離を置いていた時期もありました。これからも忙しい日々が続きますが、それでも、日々少しづつ、何か文章に触れる機会を持つようにしようと思います。


ありがとうございました。