弦離れすると、下鉾・したほこ(弓の握りより下の部分)が強く速く的側へ張り出します。
この時、本弭・もとはず(下鉾の先)は弓手の下辺りに来ます。
しかし、末弭・うらはず(上鉾の先)は余り位置を変えません。
それは、弓手首の戻りや下鉾に対する上鉾の慣性力に因ります。

そうしている内に、今度は大きく湾曲している上鉾が本格的に縦伸びをします。
しかし、下鉾に対する上鉾の慣性力が大きい為、上鉾が伸びる反動で下鉾がもう一段強力に的側に張り出します。

さて、この下鉾が的側に張り出す2回目の直前の状態ですが、既に矢は放たれていて、下鉾は弓幹部とほぼ直線的な関係にあります。
ただし、入木と手の内の捻り要素との作用で、射手から見て本弭が弓幹部の右に位置しています。
そして、上鉾は矢離れによってその湾曲を強いる弦の張力を失ったので、これから縦伸びをしようとしています。

それで、ここからが本題です。
往復運動を回転運動に変換するクランクと云う機構を知っていると思います。
エンジンとか昔の足踏みミシンとか、SLの車輪とかです。

弓の回転軸は基本的に握りの部分です。
その握りから右の方へ下鉾が伸びています。
この回転軸から右にズレている下鉾の重心辺りに的方向へ張り出す力が働き弓が動きます。
この時、同時に遠心力が働いて弓が回転します。
その後、強く的方向へ張り出した反動で下鉾は射手の方へ戻って来ます。

こうした下鉾の動きがクランク・シャフトの往復運動に相当し、回転軸から右へズレる様に伸びている下鉾の曲りがクランクに対応しています。



デッド・ポイント、つまり、弓の場合は、手の内や入木の捻り要素が小さくて、上鉾が縦伸びする時に、的と握りと本弭が直線的に並ぶような場合は、回転軸を真っ直ぐ押すようになるので、弓返りはしません。

参考;入木状態と云うのは、弓が張り顔の様にある程度縦伸びしている状態では顕著に現れます。
しかし、弓が大きく湾曲している状態では、入木の捻りは弓の湾曲の中に隠されています。
つまり、下鉾が伸びた状態では、入木が大きく表れ、本弭は大きく右に曲がっています。
この時、上鉾はまだ大きな湾曲を残しているので、入木状態は隠され、真っ直ぐに的側へ形状復元して行きます。
その縦伸びの後半、上弦の張力が無くなった時から、本格的な入木状態を表して行きます。

よって、弓返りを開始する時点では、下鉾は捻られていて弓幹部より右側に伸びていますし、上鉾に捻りは見られずこの先的方向に伸びて行きます。
こうした状況が、クランクの機構を成立させ、弓返りを起します。
通常、2度目の下鉾の張り出しは、弓手の真下から1尺以上も的側に本弭が飛び出します。
残身でも判るように、その後すぐに下鉾は反動で戻って来ます。



江戸時代に入木の弓が工夫されたのだと、思います。
そうならば、弓返りという現象は、入木の状態が上鉾よりもいち早く下鉾に発現することで起こるので、入木弓の誕生後に江戸時代から始まったのだと、考えます。

手の内の捻りで弓返りらしき現象が有るかも知れませんが、それは本質的には弓返し、又は弓回しです。



矢筋引きで捻りが小さいと、クランク・システムのデッド・ポイントに近くなり、弓返りがしにくいとも言えます。
もう一つ、上押しがしっかりと利き、弓返りが起こる時には上鉾が的方向にしっかりと伸びていて、改めて上鉾の縦伸びする余地が少なく、クランク・シャフトで押す強い力を得られないと云う事も有ります。
弓返りは、弓を強く握りしめたり、手の内を崩さなければ通常は起こる現象です。
しかし、十分に上押しが利いて、上下の弦で共に矢の加速をしっかりやる場合には、弓返りを始める段階で上鉾の縦伸びがされている為、弱い弓返りとなります。

正射の中でも、矢勢が乗って本当に目を見張るような射は、殆ど弓返りをしないんです。



これが、江戸以来初めて正しく解き明かした弓返りの仕組みと評価です。


〈下の写真について〉

先に記述した様に、上鉾は的を真っ直ぐに向き、下鉾は入木状態が現れて茶色の内竹が斜めに見えています。
これが弓返り直前の状態です。