呼吸法の出来ている射手は、まず居ないでしょう。

行射中、動作に合わせてそれなりの呼吸をしているものさえ、滅多に見受けられません。

眼は心の窓と云われますが、呼吸は弓道の無心そのものなのです。

無心なら、眼の中にどんな感情も思考も浮かびようがないのです。

 

正しい呼吸法を身に付けていると考えられるのは、声楽家と僧侶です。

学生だったら、合唱団にでも行って一週間くらい呼吸法の特訓を受ければ好いでしょう。

社会人の場合も、友人に声楽をやっていた人がいれば、その方に本格的な呼吸法を習うべきです。

 

下腹部から頭頂へ気の管・くだを感じ、息を喉で吸ったり吐いたりするのではなく、下腹部が大きく押し広げられるから空気が流れ込み、下腹部が絞り込まれるから管を昇って空気が出て行くのです。

この時、みぞおちは柔らかく、胸や肩は楽にして、頭は天からつられる様にして、腹回りは息が入って一様に膨らむので、前にだけ腹が出るのは駄目です。

 

最近の天皇盃で、最高得点賞を受けた北海道の先生は、私の記憶では1年間・まを空けての出場だった様に思います。

その間に、呼吸法が好くなっていましたね。

それは目に現れ、動作の運行にも表れていました。

そこが他の出場者との違いです。

 

増渕さんを先頭に、天皇盃を取りたがっている射手が沢山います。

そして、弓界を代表する多くの射手達が、弓道は無心と云って来ました。

それなのに、なぜ無心と呼吸法の研究をし、身に付けないのですか。

 

Why Japanese people?

 

ネット上に、私が敬愛する天○さんという方がいます。

すばらしい方なのですが、会では幾つかのポイント・チェックをするそうです。

私はそこだけが、納得できません。

 

積み重ねた時に決め、後は忘れる。

もし、無心ではなく気掛かりが浮かべば、積み重ねが崩れます。

これでは、正射の再現が出来ません。