毎年、寒くなって来ると射の精密度も高まってきます。
そして、雪が多くなると弓はしばらくお休みです。

通常巻藁の距離で1寸も会の矢筋から矢が逸れると、計算的には的前で40センチほど外れることになります。
ところが、こういう一般的な射手でも半矢くらいは的中している様で、矢羽の方向修正作用は大きいと思います。

矢離れ直後は矢の並進運動も起こり、矢の重心的には会の矢筋に近いのですが、矢色も付き矢先の向きは不安定です。
それでも、かじ取りの役目をする矢羽が空気抵抗を大きく受けて、矢飛びの方向を修正する訳です。
これも自然・じねんの働きです。

不言流の射的には矢の並進運動は起こさないので、矢羽の方向修正作用に不慣れです。
しかし、総合的に考えてみると、初期の矢飛びの狂いを1/3くらいにしていそうに考えています。


ところで、今朝からの射も4mほどの射距離で、ほぼ同じ刺さり穴・8寸的の中心に皆中です。
ただ的の中心に視線を注ぎ続けているだけで、特別な的付けは有りません。・・・鉄砲魚の的付け・・・自然・じねんの狙い
これだけ的付けと云うのは正確なモノなのです。
ただし、一般の方は自然・じねんの狙いではなく、的と籐との重ね合わせの的付けでしょうが、それでも尺二の大きさにとっては十分な精度です。

よく、的付けに拘る・執着するタイプの射手がいますが、彼らにとって的中は大きく的付けに掛っていて矢飛びには自信の様なものがあるのでしょうが、実は反対なのです。
半眼で瞬きをしないで的を視界の中心に置き、唯々射を全うするように無心で行うことが肝要です。

会で目をカット見開き的を食い込むように見続ける射手は、狙いではなく射技による矢飛びに問題があるという自己の在り方が見えていないのです。
必要以上に的を見る者は自己が見えていないというのは、自分でも久々の名言です。・・・自画じーさん

ドーナッツ中りという現象とその理由、そして狙いの誤差と射技による誤差から矢所の分布を明らかに出来たのも、狙いの正確さを発見したからです。
また、それが正射必中の意味も明らかにしましたね。