対戦に用いられる武器というのは、十分な殺傷能力を有するものを云う。
弓道の弓矢もその類です。
もし、空手などの武道も知らずに素手で戦うのなら、その素手に渾身の力を込めて殴り掛かるものと思う。
しかし、我々が手にする弓矢は既に武器であるから、武力を発揮する時、そこに改めて渾身の力を込めることも、気力も込める必要もない。
むしろ、弓道の場合は、会の状態に込められた渾身の力と気力が有るから、それらを損ねることの無い様に静かに、眠るように離れれば好いと私は思う。
離れえる時に、溜めも前振りも、新たな力や気力の継ぎ足しもいらない。
また、有ってはいけない。
それらが表に出ては、相手に先を越されて命を落とすからだ。
これを喩えるならば、静かに床に眠っている者の首の真上に指で小刀を吊り下げ、思わず指から小刀を落として頚動脈を切り裂く。
息も乱れず、気も乱れず、心拍数も低めに、そうして敵の命を絶つことが出来るのが武器の本領であり、武道の本質であると思う。
人を生かすのが武道という考えを、お持ちの人が居るかも知れない。
しかし、それは武道ではなく、既に人道とでも言うべきものだと思う。
私の弓道には、人の心に深く根ざした野蛮な暗闇が在ります。
弓道の弓矢もその類です。
もし、空手などの武道も知らずに素手で戦うのなら、その素手に渾身の力を込めて殴り掛かるものと思う。
しかし、我々が手にする弓矢は既に武器であるから、武力を発揮する時、そこに改めて渾身の力を込めることも、気力も込める必要もない。
むしろ、弓道の場合は、会の状態に込められた渾身の力と気力が有るから、それらを損ねることの無い様に静かに、眠るように離れれば好いと私は思う。
離れえる時に、溜めも前振りも、新たな力や気力の継ぎ足しもいらない。
また、有ってはいけない。
それらが表に出ては、相手に先を越されて命を落とすからだ。
これを喩えるならば、静かに床に眠っている者の首の真上に指で小刀を吊り下げ、思わず指から小刀を落として頚動脈を切り裂く。
息も乱れず、気も乱れず、心拍数も低めに、そうして敵の命を絶つことが出来るのが武器の本領であり、武道の本質であると思う。
人を生かすのが武道という考えを、お持ちの人が居るかも知れない。
しかし、それは武道ではなく、既に人道とでも言うべきものだと思う。
私の弓道には、人の心に深く根ざした野蛮な暗闇が在ります。
