両親の反対を押し切ってまで手に入れたかった二度目の結婚。

相当な覚悟を持って臨んだその結婚生活でも、夫からの精神的、身体的DVや家事、子供の世話など色んなことに苦しんだメルさん。

この先どうなるのか?

今回はその続きをご紹介します。

前回の記事はこちらです。






 暗黒時代の始まり

1992年11月17日、メルさんの夫が脳内出血で突然倒れ、夫は病院へ運ばれました。

これがメルさんの暗黒時代の始まりでした。

夫は11日間ICUに入り、その後4か月間一般病棟に入院。

そしてその後9か月間県立のリハビリセンターに入りました。


夫はダンプ屋を経営する社長。

ワンマン社長ということもあり従業員の中で一時的に引き継げる人はいません。

自動的にメルさんが引継ぎをせざるを得ない状況になりました。

当時メルさんは28歳。

土木業界は全くと言っていいほど素人です。

不安だらけの中、その幕は開きました。




 社長業、家事そして介護に奔走する日々

急に社長に就任したメルさん。

従業員の年齢はメルさんよりも20歳ぐらい年上の人だらけ。

自分よりも相当若く土木業界のことをほぼ知らない小娘の言うことを、いきなり聞けという方が難しいのかもしれません。

決して歓迎ムードではないその空気の中、必死に頑張るメルさんでしたが、従業員にきついことを言われることも多くあったようです。


「ダンプのダの字もわからん女にダンプ屋ができるんかっ!」


「女やからっていい加減な仕事するな!」


現場のミスをメルさんのせいにされたこともあったそうです。

こうして従業員に軽く見られる日々が続きましたが、やるしかありません。

メルさんはどんなことがあってもただ「この会社を継続する」ということを目標に、やり続けました。

その甲斐あって長い時間はかかりましたが、メルさんは従業員の方々と信頼関係を築けるようになっていったそうです。


会社経営、夫の付き添い、子育て、義母の通院の付き添い…

これだけのことをメルさんは当時一人黙々とこなしていたそうです。

そのせいで睡眠時間も4時間程度。

冬だったこともあり、時間もなかったため入浴は1週間に1回程度。

1日20時間、誰かのために奔走する日々でした。

メルさんには休む暇もありません。

よくこれだけハードな生活をこなし、倒れずに乗り切られたなと思います。すごいですね。。。

当時はダンプ屋の仕事が結構あったようで、何とか会社経営できたそうです。





 夫の退院と自宅介護


1993年12月25日クリスマスの日、夫は退院し自宅に帰ってきました。夫が倒れてから約1年が経った頃でした。

ここからメルさんの生活に「夫の介護」が加わりました。


食事はすべてみじん切りでさらに食事介助と入浴介助。

夫は車いす生活で、構音障害があり会話も不自由な状態。

当時は介護保険もなく、2001年に介護保険ができるまでメルさん一人で入浴、食事はもちろん他すべての介護をこなしていたそうです。


また介護保険の認定がおりても夫はそれに大反対。

今でこそ介護について世間全体の理解が深まり受け入れられやすくなってきていますが、当時は老人施設も夫の家族も夫も介護保険を使うことを否定的に捉えていたために話が進まず、メルさんの負担はしばらく減ることはありませんでした。


メルさんはあきらめず夫に説得し、一番大変な入浴だけはデイサービスを使ってもらえることになりました。

入浴介助がなくなっただけでメルさんの負担は軽くなりかなり助かったそうです。


そしてその頃メルさんの義理の娘さんが看護師に、息子さんが薬剤師になり、親としての役目も果たせたとメルさんはホッと一安心していました。

そんな矢先に悲劇が起こりました。





 夫の自死と相続問題

2004年4月、夫は突然自死を選びこの世を去ってしまいました。



夫は家族にもメルさんにも何も言わずに逝ってしまったため、その時全員がどう受け止めたら良いのかわからず苦しんだそうです。

そして夫の死から7か月後、義母が老衰でこの世を去りました。


この後相続問題勃発。

メルさんは夫の家族から「相続泥棒」呼ばわりされ、義姉の嫌がらせと非常識な行動にストレスをためていきます。

メルさんの苦労を見てきた娘さんがメルさんの味方をしてくれたおかげで乗り越えられたそうですが、この一連のストレスによりメルさんの心労が重なりついにメルさん自身が倒れてしまいました。

閉塞性肥大型心筋症という病気でした。

メルさんは8時間かけてモロー術という手術を受け、なんとか命をつなぐことに成功しました。

モロー術というのは、胸骨を広げ心臓を取り出してその間人工心肺で命をつなげ、その間に厚くなった心筋を削り取り、終わったら体内に戻すというもの。

命に係わる大変な手術です。


2013年に相続についての裁判をしてようやく相続問題も解決。

メルさんは自分の住んでいる土地を守るためだけに沢山の費用と労力を使いました。





 新生活と乳がん

相続問題も解決しようやく穏やかな生活を手に入れたメルさん。

メルさんは2014年に自宅を解体して二世帯住宅を建築しました。そして翌2015年に息子さんが結婚し、メルさんは息子さん夫婦と同居を開始しました。

しかし、息子さんのお嫁さんとメルさんの性格が合わずそのストレスによりメルさんは乳がんを発症。

お孫さん出産月とメルさんの乳がんの手術日が奇しくも同じ月だったそうです。


その後1年ほどしてお嫁さんが出ていくと言い出し、息子さんと一緒に夜逃げ同然で出ていきました。


3年経った現在は、週に一度水曜日に息子さんが夕食を食べに帰宅し、木曜日の朝お弁当を持ってメルさんの家から出勤しているそうです。

また土曜日半日だけ息子さんがお孫さんを連れて遊びに来てくれるそうです。


2019年9月に会社廃業。

翌2020年2月1日に法人末梢。

ようやく大きな荷物を肩からおろすことができたメルさん。

廃業後にコロナウイルスで世界中が大パニックになったそうで、良い時期に廃業できたと語っておられます。


そんなメルさんですが、今は健康維持のため週に3回のプールを楽しむなど、色んなことを通してストレスなく快適に暮らせているそうです。

ここまでくるまで相当長く苦しい道のりでした。


メルさんはある存在に支えてもらったからこの人生を乗り越えてこられた言います。

一人ではとても乗り越えられなかった人生を支えてくれたものとはいったい何だったのでしょうか?


次回に続きます。