粘滑かなるは夜の海
棄てた記憶の水銀の色
月のゆらりをただ眺め
衝動を抑えたりしない

磯辺にて蟹と戯る
事後には潰す

湿った砂も心地良し
粘つく風も心地良し

やがてまた灰色の陽が昇り
僕は普通の青年に戻る
空中庭園から眺める
水没都市の美しき
世界の終わりの風景に
僕がいることの醜悪

巨大な虫が跋扈して
巨大な花が咲き狂う
世界の終わりの風景に
僕がいることの醜悪

誰もいなくなった街
誰もいなくなった星
世界の終わりの風景に
僕がいることの醜悪
王水は
なんだって
溶かせるのだから
僕の心も身体も
みんな 溶ける
ゆっくりと
広がってゆく
良いことも悪いことも
区別せず溶ける

いろいろあって
良かったか
つらいことも
悲しいことも
からっぽじゃなくて
よかったか
満たしてくれて
ありがとう

王水は
なんだって
溶かせるのだから
僕の今も昔も
みんな 溶ける
ゆっくりと
広がってゆく
良いことも悪いことも
区別せずに溶ける

中身があって
良かったか
痛いことも
苦しいことも
みんな同じに
溶けてゆく
満たしてくれて
ありがとう


僕は溶けて消えて
無くなりながら
やっと気付いた
ことがある

王水は僕の幸せを
なみなみと湛えている

満ちた王水は僕を
湛えている
新月は夜歩く
長い手足でよたよたと
その暗闇はあれども見えず
見えないからと無いともいえず
ヒタヒタと鳴る足音だけが
彼の散歩を伝えてくれる

新月の思惑は
人にわからぬものなれど
哀しむときもあるやもしれず
在らぬまなこじゃ泣くにも泣けず
ヒタヒタと鳴る足音だけが
彼の気持ちを教えてくれる

天を見上げて新月ならば
天にはおらぬということよ
月寂しいと思うのならば
そこらの路地を探すがいいさ
ヒタリヒタリと聞こえるはずさ
新月の夜が明けるまで
吹く潮風に晒されて
錆びゆく町の片隅で
静かに暮らす人々の
不快に軋む骨の音

昇って沈む太陽を
見続け目を潰した男
神経毒のスプレーを
肌身離さず持つ女

われもひとなり
あれもひとなり
ただちょっと
錆びちまってるだけで
ただちょっと
軋む程度のことで

死んだ仔猫に首輪を付けて
日がな散歩をする老婆
浜辺で貝殻見つけては
石で打ちつけ割る娘

われもひとなり
あれもひとなり
ただちょっと
錆びちまってるだけで
ただちょっと
軋む程度のことで

色褪せた吊り看板が
軋む音色の子守唄
止まぬ潮風に削られて
朽ちゆく町の骨の音
小さな池に美しい秋翠
そんなに狭い処に独り
息苦しくないかい
寂しくはないのかい

その麗しい流線
その華やかな鱗色

淀んだ池に美しい藍衣
暗い濁りの中に独り

松葉、山吹、大正、昭和
孔雀黄金、浅葱、無地

僕のそばに居ておくれ
その大きな口で

紅白、稲妻、色写り
銀鱗、鼈甲、九紋竜

綺麗な綺麗な水の中で
綺麗な綺麗な鯉の貴女は
綺麗な綺麗な腹をみせて
やがてプカプカと死んだ
醜い病に
かかっているのです

愛するを知らない
馬鹿どもの見解

卑しい呪いに
かかっているのです

愛するを知らない
阿呆どもの見解

僕は理解している
君が蜘蛛に至った奇跡
たくさんの手足で
僕を愛するためだよ

バケツに3杯の
ハエをあげよう
だから
その美しい糸で
僕を包んで
その愛おしい毒を
僕に注いで
やがて病が感染るように

そうして僕も蜘蛛になるよ
君に喰べてもらうため
僕も蜘蛛に至る病
まっくろけっけの塊が 地面を転がり回ってる
何かと思って良く見たら 蟻のたかった人でした

喰われているのは昨日の俺だ
さっさと骨になっちまえ

心に陰った黒点ひとつ そこから溢れるマラブンタ
人の形はしていても お前はすでに蟻なのさ

喰われてゆくのは明日の俺だ
さっさと骨にしておくれ
クシナガラー
クシナガラー

何か食い物を
何か食い物を

夢を希望を
それは
どのような形であれ

クシナガラー

苦しいならば
それは極楽

楽しいならば
それは苦行

生きながら
捨てながら

笑いながら
泣きながら

2008年9月17日
高層ビル群の 向こう側に
灼熱の太陽を 隠してしまって
蒸された蔭の中に 潜んで僕は
ひたすらにこの夏を 消費している

日のあたる場所でも
蔭影の中でも
人は生きたり
死んだりしている

朽ちかけた廃屋の 柱にもたれて
腐りかけの畳に 腰をおろして
そのまどろみの中に 埋もれて僕は
ひたすらに人生を 謳歌している

僕はそれなりに
夏を愛している