ビジネスはルールを決めたものが勝つ

寡占できる土俵をいかに作るか

日本は作った土俵はどれだけあるのだろうか

人のふんどしで慣れない土俵で戦っても

勝てる訳ない


エヌビディアがオープンAIに投資した「15兆円」が日本経済にトドメを刺したと言えるワケ


 エヌビディアがオープンAIに15兆円もの巨額投資を発表。なぜ「今」なのか?巨額マネーが動き出した今、知っておくべきテクノロジー覇権の恐ろしいシナリオを解き明かします。(百年コンサルティングチーフエコノミスト 鈴木貴博)連載『今週もナナメに考えた 鈴木貴博』をフォローすると最新記事がメールでお届けできます。● 2つのプロジェクトで 日本の設備投資とほぼ同額 アメリカの半導体大手エヌビディアが生成AIで先行するオープンAIに1000億ドル(約15兆円)の投資をします。これは実はわたしたちの未来を大きく変える事件です。それを「なぜいま?」の視点で説明します。 15兆円のかなりの部分はオープンAIが構築する10GW規模の巨大なAI開発向けのデータセンターの建設に振り向けられます。これは消費電力に換算すれば一般家庭800万世帯分に相当します。東京都の世帯数は770万世帯ですから、それよりも大きい規模のプロジェクトになります。 エヌビディアのジェンスン・ファンCEOによればこのデータセンターの規模はGPU換算で400万〜500万個のGPUに相当するといいます。これはエヌビディアの年間出荷数の7割の規模です。 アメリカではエヌビディア経由でのオープンAIの投資に加えて、孫正義さんが提唱するスターゲートプロジェクトの80兆円投資により、新たな小型原子力発電所建設を含む電力インフラに支えられた超大規模データセンターインフラが、これからおそらく5年ぐらいかけて段階的に出現します。 あまりに巨額すぎるので頭がバグってくるかもしれません。日本中の企業の設備投資額をすべて合計すると年間で約100兆円ですから、このふたつのプロジェクトを合計すればそれと匹敵する規模になるということです。 「なぜ今、この巨額投資なのか?」というと、これから始まる「AI貿易」というキーワードが、日本経済が一番危惧すべきポイントでしょう。


 今回のプロジェクトが意味することは、AIの投資規模が大国にしかまかなえない規模に跳ね上がるということです。これが定着すれば、日本のようにそれをまかなうための電力インフラすら建設できない「数兆円の財源すらない国」は、持たざる国としてAIを輸入にたよらざるをえなくなります。 当面、この巨大な計算能力は、AIのスケーリング(能力向上)に寄与します。直近ではマルチモーダルと呼ばれるテキスト、画像、動画、センサーなど異なる種類のデータを統合して処理するAI技術の開発が進みます。当面の課題とされる長文脈処理の面でもAIの能力は向上します。 同時にオープンAIや他のAI企業が取り組むAGI(汎用型AI)の開発もこの巨大な計算能力で加速されます。 当然ながらその後、AI、AGIの本格的な実用化が始まります。この段階では巨大なデータセンターインフラは学習よりも推論にそのエネルギーが費やされるでしょう。これがAIの「生産」の面で考えた未来です。 そしてここが一番重要な点ですがAIの「消費」について彼らが考える未来はというと、AIの戦略資源化です。 超知能と呼ばれるAIの時代がやってくると、わたしたちの世界はAIなしには動かなくなります。アメリカにとって重要なことは、そのAIが大国以外にはまかなえない巨大インフラが必要な希少資源になる未来です。 そうなればデータセンターインフラは戦略資源となり、AIは輸出品目になります。石油や食糧と同じで、持たざる国は「産油国」「農業国」そして「産AI国家」から足りない資源を輸入せざるをえなくなる未来がやってきます。 その覇者になるというのがアメリカの構想する未来であり、「今」がその踏み出すタイミングということです。 ここで重要なことなので言及させていただきます。トランプ関税が決着した際、日本ではそう報道されていませんでしたが、一部のメディアは日本が投資する80兆円はスターゲートプロジェクトに投資される可能性があると報道されていました(日本経済新聞 7月24日)。 これが今となっては根拠がないとも言えない状況になってきました。


● AIバブル崩壊、米のリスクを 石破首相が肩代わり!? トランプ大統領の就任時に孫正義さんが大統領に約束したのが78兆円の投資でした。これがソフトバンクグループ、オープンAI、オラクルなどを中心としたスターゲート計画です。しかし当初はその巨額な資金をどうやって孫さんが手に入れるのか疑問視されていました。 ところがその後、石破首相がトランプ大統領に80兆円の投資を約束します。金額規模が一致するだけでなく、合意では投資先はトランプ氏が決められるとされています。普通に考えれば少なくともトランプ大統領の頭の中ではひとつのビジネスプランが描かれていると捉えるべき状況です。 一方でここまで書いたシナリオには大きなリスクがあります。イノベーションによってAI開発や運用にこれほど巨大なデータセンターを必要としない新技術が発明されるリスクです。そのリスクの80兆円分を石破首相が肩代わりしてくれたというのが、トランプ大統領にとっての成果で、「なぜ今か?」というとAIバブル崩壊のリスクを憂慮する必要がなくなったことが大きいでしょう。 つぎにエヌビディアにとっての「なぜ今?」につながる重要なポイントを指摘させていただきます。 10年後の未来が、AI貿易による国家間の覇権の未来だとしても、その中心にエヌビディアはとどまることができるのかどうか?おそらくフィフティフィフティだと考えられます。 いまのAI開発では開発企業はどうしてもエヌビディアのGPUと開発インフラに頼らざるをえません。しかしその投資額が負担になることからGAFAM級の巨大企業は半導体チップの自社開発にも力を入れています。 エヌビディアにとってもうひとつ頭が痛いことに、AIについての米中の覇権争いの構図から、中国市場では今後、脱エヌビディアの動きが活発になっていくことです。 それが中国の半導体企業の台頭につながるだけでも頭が痛いのですが、年初のディープシークショックのように巨大データセンターに依存しない方法でのAI開発が中国で主流になればエヌビディアにとってのゲームチェンジが起きてしまいます。


 そういったリスクを最小限に抑えるためには、世界中のAI開発者をエヌビディアのインフラ漬けにしておくことが重要です。 エヌビディアのインフラは単にGPUだけで構成されるのではなく、開発者を支援する一連の開発ソフトウェアインフラが競争上の強みになっています。ですからオープンAIを筆頭に世界中のAI開発者たちがエヌビディアのインフラ上での開発に熟練していけばいくほど、他のインフラへのスイッチが起きにくくなります。 ここが「なぜ今?」のふたつめの理由です。今のうちに今の世界が必要とする巨大なインフラを構築し提供するようにしてしまえば、世界のAI開発はエヌビディアを中心に回るようになるのです。 最後にもう一つ「なぜ今なのか?」の別の視点からの説明があります。それは「今なら財務上、それがエヌビディアには可能だ」という理由です。 エヌビディアの株式の時価総額は4.47兆ドルで、日本円に換算すると約670兆円になります。15兆円の投資というのは、エヌビディアの売上高(直近12カ月)の約25兆円や純利益(同)の約13兆円と比較すれば巨額ですが、時価総額と比べれば些少な金額です。なにしろ今回の発表直後、エヌビディアの株価が2%ほど上昇したのですが、計算上はその2%の上昇で15兆円はほぼほぼまかなえるのです。 一方で投資先のオープンAIは直近ではマイクロソフトが20%の大株主で、未上場ながら時価総額は5000億ドルに達しています。今回、そこにエヌビディアが1000億ドルを投資します。現時点でそれが何%の株式になるのかは公表されていませんが、間違いなくエヌビディアはマイクロソフトに比肩しうる大株主の座を得ることになるでしょう。 オープンAIは変則的な支配関係になっているという問題点はありますが、いずれは株式を公開する日がやってくるでしょう。そうなれば時価総額が1兆ドルを超えるのは間違いない。公開時点でその規模はテスラを抜き、新たにマグニフィセントエイトと呼ばれる地位に到達します。 その株式を仮に10%保有していたとしたら、その時点で大株主であるエヌビディアは財務的にも株主に十分に満足できるだけの含み資産を手にしていることになるでしょう。 つまり今回のニュースは、アメリカ企業が近い将来、石油、食糧に加えAIという3つめの資源で世界の覇者となるための動きを「今、始めた」というニュースだったのです。