言わずもがな
8月5日に日経平均株価が4451円安という過去最大の下落幅を記録し、上昇相場に慣れきっていた市場に冷や水を浴びせました。その後、落ち着きを取り戻したようにも見えますが、果たして再び上昇軌道に戻れるのでしょうか。
■ 日銀副総裁の発言で混乱はひとまず収拾したが… 円相場が1ドル=161.99円の直近安値をつけたのは7月3日、日経平均が4万2426円の取引時間中の最高値をつけたのは7月11日のことでした。 その後、日銀が7月末に政策金利を0.25%程度に引き上げる利上げを行ったことで世界は一変し、円相場は一時1ドル=141.66円(直近ピーク比12.5%高)、株価は一時3万1156円(取引時間中最高値比で26.5%安)まで下落しました。 この混乱は金利が上がったことよりも、円高が進んだことによって引き起こされたものです。 円相場の時間足チャートをみると、1ドル=152円を割ったあたりから円高が加速しています。 一部の海外投資家は1ドル=152円を損切りラインにしていたのでしょう。 ヘッジファンドは通常、10~100倍ものレバレッジを効かせた投資を行うため、為替が想定から約5%反対方向に動けば、含み損はその10倍以上になります。 こうなると為替スワップや先物取引のブローカーから追証が求められ、為替(ドル円)も株価も損切りを余儀なくされたのでしょう。夏休みで市場参加者が少なかったことも相場の変動を大きくした要因の一つと考えられます。 今回の混乱は、日銀副総裁が「市場が不安定な時はこれ以上の利上げを控える」との趣旨の発言したことで、ひとまず収拾がつきました。 しかし、利上げのような金融政策は、物価の安定目標を達成するために必要だと日銀が考えて決めることです。そんなことが世界の金融市場が脆弱であるとの理由で行えないのはいかがななものでしょうか。
■ この程度の利上げで混乱なら、日銀はどうすればいいのか 国際決済銀行の統計によると、日本から海外への投融資残高(年金基金などの証券投資を含む)は世界一の規模で、5兆ドル(735兆円)もあります。これは新興国のキャピタルフライト(資本逃避)と同じような効果をもたらし、本来国内で使われるべきお金が海外に流出してしまっている状態です。 これでは日本が貧しくなるのも当然です。今回の利上げは、そのような状況を正すことも目的であったはずですが、それが実現できないのであれば、日銀は途方に暮れるばかりでしょう。 筆者が驚いたのは、日銀が中央銀行としては最小の0.25%程度への利上げを決めただけで、内外の金融が混乱したことです。■ 世界は「ジャパンマネー」に依存していた つまり、世界はそれだけ「ジャパンマネー」に依存しているのです。 とはいえ、円安によって物価上昇が止まらなくなっている以上、自国通貨安につながる金融緩和を日本だけが続けるわけにはいきません。 実際、日銀は長らく続けていた量的緩和政策を見直し、国債保有高を2026年3月までに7~8%減額する予定です。 2022年2月のウクライナ戦争勃発を機に、FRB(米連邦準備理事会)やECB(欧州中央銀行)、そして日銀も量的引き締めに転じ、それ以来、世界の株価は下落を続けてきました。 こうした流れが変わったのは2022年10月、日銀が長期金利の上限維持のため日本国債を大量に買い支え、事実上、量的緩和政策を再開したからです。
■ 資産価格の下落はこれから本格化か その結果、世界の株価はV字回復を遂げ、現在に至っています(図1)。 そんな中、世界の流動性供給を一手に担っていた日銀が金融引き締めに転じるわけですから、世界的な金融バブルの崩壊は時間の問題と考えられます。 現在、一連の金融混乱は一見収まったように見えますが、資産価格の下落はこれから本格化すると思われます。 冒頭で述べたように、今回の金融混乱は為替の変動が発火点となりました。しかし、8月13日までに株価が「高値-安値」の半値戻りの水準に来ているのに対し、ドル円は「高値-安値」の3割程度しか戻っていません(図2)。 ドル円と株価は長らく連動していましたが、今回、円安方向への戻りが鈍いのは、円をドルに替えて外国証券に投資するキャリートレードが縮小していることを示しています。 財務省の統計によると、日本の対外債券投資(週次の累計)はすでに今年2月から5兆円も減少しています。これはおそらく、含み損を抱えた機関投資家が外債を処分売りしているからでしょう。
■ 日本の対外投資が縮小すれば… 注目すべきは、この動きに1~2カ月程度のタイムラグを置いて、ナスダックの株価指数が下落し始めたことです(図3)。さらに10%ポイント近い利ざやが稼げるというので、究極のキャリートレードと言われるメキシコペソ円も同じパターンを描いています(図4)。 それほどに影響が大きいジャパンマネーですが、今回の件で日本の対外投資はさらに縮小するのではないでしょうか。 であれば、次はアメリカ発の金融パニックが起きる可能性があります。 現在、ウォール街ではFRBの利下げに期待する声が強まっていますが、9月6日に発表される米国の雇用統計はその有力な判断材料として注目されています。 その結果、FRBが利下げを開始しそうだとなると、株価は暴落するのではないかと懸念されます。 火種は2つあります。 まず、今回、株価が戻ったのは、米国債の利回りがあまり下がらなかったことで日米金利差が拡大し、為替が円安に振れたことが一因です。 しかし、FRBが利下げに踏み切れば円高が進行し、投機筋はまだ残っている円キャリートレードの巻き戻しを余儀なくされるでしょう。これは8月上旬の金融混乱の再来を意味します。 次に、短期金利の下落によって逆イールド状態が解消し、イールドカーブが正常化することです。
■ 発動した「サーム・ルール」 過去を振り返ると、逆イールドの解消後に株価は急落しています(図5)。 逆イールドの間は、短期金利より長期金利が低いため、将来のキャッシュフローに対する割引率は現在の割引率より低くなります。その結果、株価の理論的な妥当値は通常より高くなります。 しかし、順イールドに戻ると、株価は一転して割高と判断されるため、下落の可能性が高まります。そのイールドカーブは今回の混乱で、これまでの逆イールドから順イールドに「正常化」しました。 だからといって利下げを見送ることも難しい状況です。 なぜなら、先日発表された米雇用統計によると、失業率が0.2%ポイント上昇して4.3%となり、「サーム・ルール」が発動されたからです。 「サーム・ルール」とは、失業率の3カ月移動平均が過去12カ月の最低値から少なくとも0.5%ポイント上昇した場合に景気後退が始まるというものです。実際、過去の例を見ても、その後は全てリセッション(2四半期連続の景気後退)に至っています(図6)。これはすなわち、株安要因です。 米国の「投資の神様」、ウォーレン・バフェット氏が率いるバークシャー・ハザウェイ社が保有する米短期国債(T-Bill)の残高は2346億ドル(35兆円)に達し、いまやFRBの保有残高(1953億ドル)を上回っています。 バークシャーは7四半期連続で株式を売却してきましたが、今年第2四半期にはアップルをはじめ750億ドル以上の株式を売却し、その売りが加速しています。希代の投資家が「今はリスクを取るのではなく、株式の大バーゲンセールを待て」と行動で示していることに注目すべきでしょう。 おそらく年末までにそのチャンスが到来するのではないでしょうか。