今から30年以上前

小学6年生の私は
バスティン 教材の
日本初翻訳本を手がけた
木村美江先生のもとへ
通い始めました。

先生は木村メソッドとして
独自の教材を出版
全国でセミナーをされていました。
私もそのセミナーで
演奏の機会を何度か頂きました。


現在活躍中の有名な先生方にも
木村先生のセミナーへ
通われていた方が
沢山いらっしゃいます。
そのくらい当時一世を風靡した
素晴らしい先生でした。



レッスンに通うきっかけは
ピアノ講師をしていた母

友人に誘われ
木村先生のセミナーに
参加した母は

その指導法に
度肝をぬかれ

我が娘のレッスンを
是非お願いしたい!
と感じたそうです。



初めてのレッスンは
バッハ フランス組曲と
メンデルスゾーンのエチュード
たしか毎コンの課題曲でした。

普段は何弾いてるの?
と他にもチェルニーと
モーツァルトのソナタも
突然弾くことになった記憶があります。



先生の第一声は
もっと自由に弾いていいのよルンルン

そして
チェルニーはもう弾かなくていいです。
あとハノンもね。
ロシアでは弾きません。

しかも
リズム練習はしないでいい。
コンクールはもうやめたら?
芸術はもっと他の方向で学ぶべき


え?Σ('◉⌓◉’)
えええ⁇Σ(゚д゚lll)

ビックリ‼️
とやったー‼️
って同時。


だってハノンもチェルニーも
リズム練習も苦痛だったからグラサン


木村先生ご自身は
音大出身ではなく
幼少の頃から
ロシア人の先生に
師事されていたそうです。



レッスンでは

指はあげない
身体の重みをかける
響きを聴く
ベルカントで歌って〜
もっと自由に解放して〜

指あげないって…
それまでハイフィンガーで
弾いていましたので
だいぶ戸惑いました。



先生はいつも

留学するなら
ソ連かアメリカ
日本の音大には行かない方がいい
総合大学で音楽を学んだ方がいい

とおっしゃっていました。

お嬢様お二人
ピアニストでしたが
日本の音大ではなく
アメリカ留学されていました。

同門の京都から通われていた
お姉さんは
モスクワ音楽院に留学
日本人初の本科生に。

今でこそロシアに留学って
割と聞くようになりましたが
当時はソ連に行くこと自体が困難。
大変な留学生活だったと思います。



今考えると
ロシアピアニズムに傾倒されていた
先生独自のお考えだったのでは?



私とロシアピアニズムの出会いは
その時ではないかと
今更ながらに思うのです。




でもその先
またヨーロッパ式の先生に
戻っちゃうのよね…(^^;;