先生が電子カルテに打ち込んだ病名は、「子宮内胎児死亡」。
帰りの車の中、父が「○○くん(旦那)とお義母さんに電話しておこうか?」と言ってくれました。
私は、とてもじゃないけど冷静に話すことが出来ないと思ったので、「うん」とだけ答えて、お願いすることにしました。
私を気遣ってか、父と母の会話は少なめ。
時間はお昼時になっていて、四人でレストランに入ることにしました。
食欲なんてあるはずもなかったけど、「何か食べないと」と言われ、娘のお子さまランチを一緒につまむことに。
注文した後で父が店の外に出て行き、旦那とお義母さん(お義父さんは亡くなっているので)に電話をしていました。
私はその間に、職場の課長にライン。
「明日仕事ですか?」と聞くと、「仕事です」「どうした?」との返信が。
もし課長が明日休みだったら、今日家に帰り着いてからでも報告に行かなければと思っていたので、少しホッとしました。
そのまま食事をしていると(正確には、食事をする娘を見守っていると)、返信がなかったのが気になったのだろう課長から電話が。
「どうした?大丈夫?」と聞かれ、「うーん、明日報告します」とだけ答えました。
食事を終えて家に帰りつき、父と母は私を気遣いながらも帰って行き。
娘と二人きりになると、今まで我慢していた涙が溢れてきました。
嫌だよ~、何で?
何でこんなことに?
娘に兄弟を作ってあげられると思ったのに。
皆楽しみにしてくれてるのに。
不妊治療頑張ったのに。
もう職場の皆にも言っちゃったのに。
何で?何で?何で?
ボロボロ涙が零れて、声を出しながら泣いていると、一人遊びをしていた娘が心配して寄って来てくれました。
娘を抱き締めてもやっぱり涙が零れてしまい、ごめんねえ、ごめんねえ、と言いながら泣いてしまいました。
7時頃になり、旦那が帰宅。
話は私の父から聞いているので、「大丈夫?」と聞いてきましたが、私は変なプライドがあり涙なんて見せたくなかったので、「うん」とだけ返事。でも娘が「お母さん泣いてたよ」と報告していました。
夜になり、寝る前にスマホを見ると、同僚のIさんからラインが。
「大丈夫?無理したらダメだよ
」
それに対し私は、どうせ分かることだからと思い、「今日は急に休んでごめんね。実は大丈夫じゃない…赤ちゃん心臓止まってた」と返信しました。メッセージを打っている間、またボロボロ涙が零れました。
Iさんからは気遣いの言葉と、大丈夫?なんて送ってごめん、と言う謝罪の言葉があり、それから、明日仕事休んだら?代わろうか?(Iさんは翌日休みだった)と言ってくれました。
正直、その申し出はとても有り難く、本音を言えば休みたかったけど、翌日は彼女が6連勤の末にやっと休める貴重な休日だと言うことも知っていたので、丁重にお断りしました。
その夜は中々眠れませんでした。
3月6日。
本当は仕事を休みたかったけど、兎に角課長に報告しなければと、無理をして出勤。
4ヶ月以降の流産は出産扱いになり、産休を取得しなければならない(休まないと言う選択肢はない)、と言うことを昨日調べていたので、今後のことも相談しなければと思っていました。
朝、娘を職場の託児所に預けに行くと、昨日急に休んだことを心配してくれた保育士の先生が、「大丈夫やった?」と聞いてくれました。(私の体調が悪いので病院に行って来ます、と連絡していたので)
どうしようと迷ったものの、私が産休に入れば娘も託児所に預けられなくなる。どうせ分かることだからと、「実は大丈夫じゃなくて…。あの、ちょっと、赤ちゃん亡くなってしまって。心臓が止まってて」と答えました。答えながら目に涙が溜まってしまいました。
「来週の月曜に入院して、赤ちゃん出すんですけど」と言うと、「えー!?大丈夫なの?月曜なんて…」と聞かれ、「や、分かんないんですけど、あの、それでその後産休になるので、小桃(娘)暫くお休みします。課長とも話して、また連絡します」と答えました。
涙が零れてしまって、指で拭いました。
娘を預け終えて、職場に。
いつもは私より遅い課長がもう出勤していて、「早いですね」と言うと、「うん。大丈夫?」と聞かれました。
「実は大丈夫じゃなくて…」と言うと、まだその時は涙は出てなかったけど、「どうした?泣いてた?大丈夫?」と言われました。
「ちょっとお話があって、出来れば個室で」とお願いして、朝礼が終わってから課長と二人、個室に籠りました。
課長は私より七つほど歳上ですが、元々は私より後に平社員として入って来た人です。課長になる前は気安くタメ口で話をしていて、私も仕事中は敬語を使うものの、プライベートではやっぱりタメ口で喋ってしまうような気安い間柄。だから個室で二人きりになり席に着くと、「ごめんね、間違いなく泣くけど」と断ってから、事情を説明しました。
宣言通り本当にボロ泣きしながら話をすると、課長は貰い泣きして「私達が無理させてたのかもしれない。ごめんね、守ってあげられなくて」と言ってくれ、二人で一緒に泣きました。
この日は火曜日。入院予定の12日の月曜日まではまだ日がありましたが、「仕事出来る?」と聞かれました。
12日から休むとして、今週は?辛いだろうし、どうする?と。
「本当は休みたい。今日だって、本当は来たくなかったし。でも今休むと、皆が困るだろうし」と言うと、「それは何とかするよ。出来る人がやったらいいよ」と。「……じゃあ、休みたい」と答えてしまいました。
その場で仕事の段取り、割り振り、引き継ぎを一緒に考えて、この午前中に申し送りを済ませれば、午後からはお休みを貰えることになりました。
それから、日常業務には入らず、皆に迷惑をかけながら申し送りを済ませ、帰ることに。
託児所に娘を迎えに行くと朝とは違う保育士の先生が見送りに出て来て、「大丈夫やった?」とまた聞かれてしまいました。
朝の先生から聞いてないんだ…
と思いながらも、「実は大丈夫じゃなくて。あの、流産してしまって」とまた説明してから、「朝T先生にもちらっと言ったんですけど、12日から入院して赤ちゃん出すんですけど、その後産休になるので、5月の頭くらいまで休みで…。今週もずっとお休みになったので、小桃、託児所お休みします。荷物は暫く預かって貰っていいですか?4月から保育園なんですけど、復帰したら残業中はまたお願いしたいんで…」と伝えました。今度は2回目なので、何とか泣かずに言い終えました。
家に帰って、どうしようと考え、母にライン。
「今日昼から休みになって、今週ずっと休みになった。泊まりに帰っていい?」
いいよ、と返信が来たので、実家に帰ることにしました。
今は家事も何もしたくない。
そして、娘の存在に救われてはいるけれど、3歳児のパワーを一人で相手するほど、心が元気じゃなかったのです。