そらいろのまいにち -9ページ目

そらいろのまいにち

二人目不妊治療を諦め、一人娘との日々を徒然と。

先生が電子カルテに打ち込んだ病名は、「子宮内胎児死亡」。
帰りの車の中、父が「○○くん(旦那)とお義母さんに電話しておこうか?」と言ってくれました。
私は、とてもじゃないけど冷静に話すことが出来ないと思ったので、「うん」とだけ答えて、お願いすることにしました。
私を気遣ってか、父と母の会話は少なめ。
時間はお昼時になっていて、四人でレストランに入ることにしました。
食欲なんてあるはずもなかったけど、「何か食べないと」と言われ、娘のお子さまランチを一緒につまむことに。
注文した後で父が店の外に出て行き、旦那とお義母さん(お義父さんは亡くなっているので)に電話をしていました。
私はその間に、職場の課長にライン。
「明日仕事ですか?」と聞くと、「仕事です」「どうした?」との返信が。
もし課長が明日休みだったら、今日家に帰り着いてからでも報告に行かなければと思っていたので、少しホッとしました。
そのまま食事をしていると(正確には、食事をする娘を見守っていると)、返信がなかったのが気になったのだろう課長から電話が。
「どうした?大丈夫?」と聞かれ、「うーん、明日報告します」とだけ答えました。

食事を終えて家に帰りつき、父と母は私を気遣いながらも帰って行き。
娘と二人きりになると、今まで我慢していた涙が溢れてきました。

嫌だよ~、何で?
何でこんなことに?
娘に兄弟を作ってあげられると思ったのに。
皆楽しみにしてくれてるのに。
不妊治療頑張ったのに。
もう職場の皆にも言っちゃったのに。
何で?何で?何で?

ボロボロ涙が零れて、声を出しながら泣いていると、一人遊びをしていた娘が心配して寄って来てくれました。
娘を抱き締めてもやっぱり涙が零れてしまい、ごめんねえ、ごめんねえ、と言いながら泣いてしまいました。
7時頃になり、旦那が帰宅。
話は私の父から聞いているので、「大丈夫?」と聞いてきましたが、私は変なプライドがあり涙なんて見せたくなかったので、「うん」とだけ返事。でも娘が「お母さん泣いてたよ」と報告していました。

夜になり、寝る前にスマホを見ると、同僚のIさんからラインが。
「大丈夫?無理したらダメだよウインク
それに対し私は、どうせ分かることだからと思い、「今日は急に休んでごめんね。実は大丈夫じゃない…赤ちゃん心臓止まってた」と返信しました。メッセージを打っている間、またボロボロ涙が零れました。
Iさんからは気遣いの言葉と、大丈夫?なんて送ってごめん、と言う謝罪の言葉があり、それから、明日仕事休んだら?代わろうか?(Iさんは翌日休みだった)と言ってくれました。
正直、その申し出はとても有り難く、本音を言えば休みたかったけど、翌日は彼女が6連勤の末にやっと休める貴重な休日だと言うことも知っていたので、丁重にお断りしました。
その夜は中々眠れませんでした。

3月6日。
本当は仕事を休みたかったけど、兎に角課長に報告しなければと、無理をして出勤。
4ヶ月以降の流産は出産扱いになり、産休を取得しなければならない(休まないと言う選択肢はない)、と言うことを昨日調べていたので、今後のことも相談しなければと思っていました。
朝、娘を職場の託児所に預けに行くと、昨日急に休んだことを心配してくれた保育士の先生が、「大丈夫やった?」と聞いてくれました。(私の体調が悪いので病院に行って来ます、と連絡していたので)
どうしようと迷ったものの、私が産休に入れば娘も託児所に預けられなくなる。どうせ分かることだからと、「実は大丈夫じゃなくて…。あの、ちょっと、赤ちゃん亡くなってしまって。心臓が止まってて」と答えました。答えながら目に涙が溜まってしまいました。
「来週の月曜に入院して、赤ちゃん出すんですけど」と言うと、「えー!?大丈夫なの?月曜なんて…」と聞かれ、「や、分かんないんですけど、あの、それでその後産休になるので、小桃(娘)暫くお休みします。課長とも話して、また連絡します」と答えました。
涙が零れてしまって、指で拭いました。

娘を預け終えて、職場に。
いつもは私より遅い課長がもう出勤していて、「早いですね」と言うと、「うん。大丈夫?」と聞かれました。
「実は大丈夫じゃなくて…」と言うと、まだその時は涙は出てなかったけど、「どうした?泣いてた?大丈夫?」と言われました。
「ちょっとお話があって、出来れば個室で」とお願いして、朝礼が終わってから課長と二人、個室に籠りました。
課長は私より七つほど歳上ですが、元々は私より後に平社員として入って来た人です。課長になる前は気安くタメ口で話をしていて、私も仕事中は敬語を使うものの、プライベートではやっぱりタメ口で喋ってしまうような気安い間柄。だから個室で二人きりになり席に着くと、「ごめんね、間違いなく泣くけど」と断ってから、事情を説明しました。
宣言通り本当にボロ泣きしながら話をすると、課長は貰い泣きして「私達が無理させてたのかもしれない。ごめんね、守ってあげられなくて」と言ってくれ、二人で一緒に泣きました。
この日は火曜日。入院予定の12日の月曜日まではまだ日がありましたが、「仕事出来る?」と聞かれました。
12日から休むとして、今週は?辛いだろうし、どうする?と。
「本当は休みたい。今日だって、本当は来たくなかったし。でも今休むと、皆が困るだろうし」と言うと、「それは何とかするよ。出来る人がやったらいいよ」と。「……じゃあ、休みたい」と答えてしまいました。
その場で仕事の段取り、割り振り、引き継ぎを一緒に考えて、この午前中に申し送りを済ませれば、午後からはお休みを貰えることになりました。
それから、日常業務には入らず、皆に迷惑をかけながら申し送りを済ませ、帰ることに。
託児所に娘を迎えに行くと朝とは違う保育士の先生が見送りに出て来て、「大丈夫やった?」とまた聞かれてしまいました。
朝の先生から聞いてないんだ…ショボーンと思いながらも、「実は大丈夫じゃなくて。あの、流産してしまって」とまた説明してから、「朝T先生にもちらっと言ったんですけど、12日から入院して赤ちゃん出すんですけど、その後産休になるので、5月の頭くらいまで休みで…。今週もずっとお休みになったので、小桃、託児所お休みします。荷物は暫く預かって貰っていいですか?4月から保育園なんですけど、復帰したら残業中はまたお願いしたいんで…」と伝えました。今度は2回目なので、何とか泣かずに言い終えました。

家に帰って、どうしようと考え、母にライン。
「今日昼から休みになって、今週ずっと休みになった。泊まりに帰っていい?」
いいよ、と返信が来たので、実家に帰ることにしました。

今は家事も何もしたくない。
そして、娘の存在に救われてはいるけれど、3歳児のパワーを一人で相手するほど、心が元気じゃなかったのです。
前回のブログから、だいぶ間が空いてしまいました。
結論から言うと、15週で赤ちゃんとお別れして来ました。
以下、自分の覚え書きも兼ねて書いておくことにします。



前回のブログ後、インフルエンザを発症することもなく、無事に心拍確認。
不妊治療クリニックを卒業。
産婦人科に転院。
母子手帳を貰い、初回の妊婦健診を終え。
妊娠9週に出血しましたが、子宮頚管ポリープからの出血であり赤ちゃんに問題はなく。
幸いにもつわりもさほどなく、順調な妊娠経過を辿っていました。
ところが。


13週に入った3月1日。
月初めは仕事が忙しいため、この日から残業。
17時を過ぎた辺りから何となく腹痛があり、20時過ぎに退勤。
帰宅後眠りにつくまで生理痛のような痛みがありましたが、翌朝起きると収まっていました。
ちなみにこの日、職場の部署会で、課長から私の妊娠について皆に報告がありました。
(本当は5ヶ月に入った4月の部署会で報告しようか?と言ってくれたのですが、5ヶ月ではお腹が大きくなり制服が着れなくなっているだろうから、どうせ分かってしまうんだし、だったらこのタイミングで、と言う話になったのでした)

3月2日。
やはり前日と同じように、17時を過ぎた辺りから腹痛が。
残業で疲れてるのかな?と思いながら就寝。
翌朝起きると、やっぱり腹痛は収まっていました。

少し不安だったので、3日は残業をせずに定時の17時で帰宅。

4日。この日から14週目に入りました。
仕事はお休みで、兄の家で姪の初節句があり、家族で参加。兄嫁のお母さんから「(妊娠)おめでとうございます。羨ましいわぁ~」とお祝いの言葉を頂きました。
その日の夜、やはり下腹部痛が出現。
いつもなら、痛くてもいつの間にか眠ってしまうのに、その夜は痛みで中々寝付けず、結局朝まであまり眠れませんでした。

5日。朝から大雨。
前夜の痛みが心配になり、仕事を休んで病院に行こうと決意。
母にラインをし、病院に連れて行って欲しい、若しくは娘のお守りをしてくれたら自分で行って来る、と連絡しました。
母から返信。いいよ、とのこと。
両親と私と娘の四人で出かけ、病院が終わるまでは娘を連れて外に遊びに行って貰いました。
「予約ではないんですが、3/1から腹痛があって…」と受付で伝え、予約外なのでかなり待たされて(一時間半くらい?)、漸く呼ばれました。
「お腹痛い?どんなカンジの痛みですか?」と聞かれ、「ん~何か、便秘の時に似てるカンジで……」と答えている内に経膣エコーを入れられ 、モニターに赤ちゃんがうつりました。
「ん~…、……ん~?」と言う声が聞こえて、え、何?と思いながら待っていると、「………桃里さんね、赤ちゃん心臓が動いてないんだわ」……
「………え」
「これね、色が着いてるでしょ。血液が流れてるんだよね。でも赤ちゃんには、色が見えない。……亡くなってますね」
「え…」
「今日ご家族の方どなたか来てる?」
「……母と父と、娘が…。あ、でも今ちょっと外に出てて…」
「じゃあお母さん一緒に話聞いて貰おうか。娘さんいくつ?」
「三歳です…」
「三歳か。一緒に聞いて貰ってもいいかな」
そんな会話をし、また後で呼ぶので待合室で待つように言われました。
ショックで心臓がドキドキして、でも兎に角母を呼ばなければと、エレベーターホールまで移動して電話。
でも電波が悪く、繋がるもののこちらからの声が聞こえない。ラインして、と言われて、震える指でメッセージを作りました。

「まだ診察終わってないけど、赤ちゃん心臓が止まってて、お母さんも一緒に話聞いて貰いたいって」

送信してから、待合室に移動。
暫くして名前を呼ばれ、中待ち合いに入るよう言われるものの、母がまだ来ず、エスカレーターの下り口で待っていました。
じりじりしながら待っていると、両親と娘が到着。母と中待ち合いに入り、娘は父と一緒に待って貰いました。
少しして名前が呼ばれ、二人で診察室に。
先程のエコー画像が四枚、電子カルテのモニターに写っていました。
先生は先程私にした説明を母にも繰り返してから、私に言いました。
「死んでしまった赤ちゃんは、あなたの身体にとっては、“いらないもの”なんですよね。だからそれを外に出そうとして、陣痛のような痛みが起きてるんだと思う」
話を聞きながら、目に涙がどんどん溜まっていきました。
「赤ちゃんを出してあげないといけない。小さいけどしっかり人の形をしてるから、掻き出すようなことは出来ません。入院して貰わないといけない。今日の午後から入院する?」と聞かれ、
今日の午後?そんないきなり言われても気持ちが追いつかない、仕事もあるし、娘のことも、と混乱していました。
「来週の月曜日に入院でもいいですよ」と言われ、「来週にする?」と母に聞かれて、涙声になりながら、何とか「来週でお願いします」とだけ答えて……
直後、その場で号泣してしまいました。
診察室は奥まった場所にありましたが扉は開け放たれており、きっと私の泣き声は、中待ち合いにいる人達にも聞こえただろうと思います。
母が背中を擦ってくれて、看護師さんがティッシュを差し出してくれて、暫く泣いてから何とか落ち着いて。
一週間後の3月12日に入院の予約を入れました。
「入院する前に、外来でもう一度エコーで確認させて貰います。それから申し訳ないけど産婦人科の病棟になるので、赤ちゃんの泣き声がしたりして、辛いと思うけど…。部屋は個室がいいよね?それと、入院前の血液検査をしたいから、今日は採血をして帰ってください」……
診察室を後にして待合室に戻ると父と娘がいて、涙が溢れそうになって、娘を抱き締めて座りました。
少ししてから看護師さんがやって来て、娘を抱き締めて動かない涙目の私ではなく、奥に座っていた両親に一枚の紙を見せながら話しかけました。
入院する時に、赤ちゃんを入れる箱を持って来て欲しいこと。
12週以降の流産は死産届を出し、火葬しなくてはいけないこと。
説明を聞いた後で採血に行き、受付で入院時に必要な書類を渡され、会計を済ませて、病院を後にしました。
土曜日は受診日でした。
娘を旦那に預け、一人で受診。

前回の判定日から、本っ当~に長かった❗️
年末年始挟んだから余計に待ち遠しかった。
重めの生理痛みたいなのがあったり、木曜には一度だけだったけど茶おりも出たから、正直、初期流産も覚悟してた。
土曜なのに空いていて、予約時間の少し前に呼ばれ、直ぐにエコー。
5w6dだから胎嚢は見えるだろう。早ければ心拍も確認出来るかも、と思いながら見ていると、胎嚢は確かにはっきり見えた。
その中に白い粒があって、「赤ちゃんこれだね~」と院長先生。
「心拍は~…」と言いながらエコーを拡大。
ピコピコ動いてるものが見えたけど、「ここ心臓ね。心拍は、ありそうやけど~…、まあ、まだ米粒くらいだから。また来週かな」と言われました。
赤ちゃん生きてた…!と一安心。
まだまだ油断は出来ないけど、取り敢えずホッとして帰路につきました。




と・こ・ろ・が❗️



帰りつくとお留守番をしていた娘が出迎えてくれて、くっついてきたので、抱っこをすると、


あ、熱い!!!!!ポーン


え、熱出てない?大丈夫!?
と体温を計ったら、39℃ありました!
何で旦那気付かん訳ぇ~!?ムキーと一人でイライラ。

その後も熱が下がらず、夜中に坐薬を挿肛。
朝になると37℃に下がってたので、旦那に預けて私は仕事へ。
でも仕事から帰って来るとやっぱりまた熱発してて、翌日の月曜は祝日でしたが小児科の当番医を探して、旦那に連れて行って貰いました。(私はやっぱり仕事)
その結果、娘、人生初のインフルエンザ❗️ゲッソリ

ヤバイよヤバイよ、私うつったらどーしよー❗️
てゆーか絶対うつってるハズ、同じ布団で寝てるし……チーン


仕事を半日で切り上げ、娘を連れて実家に。
解熱(まだしてないけど)後3日は登園禁止だから、そのまま実家で預かって貰うことにしました。
じいじ、ばあば、うつったらごめんよ~笑い泣き



しかしながらワタクシ、火曜日現在まだ発症しておりません❗️
潜伏期間があるとは言え、このままどうか発症しないで欲しい❗️
予防接種もしてるし、大丈夫…かな……?だったらいいな……
2018年は、元日から仕事でした。
まあ、毎年そうなんですけど。

三が日、例年ならもう1日くらい仕事なんだけど、今年は珍しく今日と明日がおやすみ照れ
そんでもってホントは今日は旦那の実家に行かなきゃな~と思ってたんだけど、昨日お昼にお呼ばれして、娘と二人先に行って来たらしく…
私は私で、今朝生理痛みたいな痛みがあって、あんまり無理しないようにしようと思い、今日は家でゆっくりすることにしました。
箱根駅伝の往路をゆっくり観られて満足おねがい


そうそ、何だか生理痛みたいな痛みが判定日の翌々日にも2回あって。
痛いよ~痛いよ~って布団の中でゴロゴロしてたら30分くらいで消えました。
生理前だったら迷わず痛み止め飲んでたけど…
嫌だなあ、大丈夫かなあ。
出血はないけど、まだつわりもあんまりないから不安ショボーン

6日の診察日が待ち遠しいですあせる