そらいろのまいにち -8ページ目

そらいろのまいにち

二人目不妊治療を諦め、一人娘との日々を徒然と。

本日、死産後初めての診察日でした。
エコーして貰ったところ、中に血が溜まっていると言われ、子宮収縮剤を処方して貰いました。
6月になっても生理が再開しなければまた受診するように言われ、会計合わせて小一時間で終了。早かったーびっくり

産婦人科は混んでるけど、婦人科はそうでもないのかな?笑い泣き




さて、現在産休中な訳ですが、娘も4月から保育園に通い始め、平日は一人でゆっくりとした時間を過ごしております。
なので、今しか出来ないだろうと、部屋の大掃除をすることにしました。
今まで忙しくて汚部屋と化しているので、もう徹底的に、使わないものは捨てたり!読まない漫画は売ったり!観ないDVDも売ったり!で、頑張っております。
そんな中、娘が赤ちゃんの時に使ったあれやこれやが出てきました。
二人目が出来たら使うかも、と取っておいたんですよねー。でももう、


捨ててやりました真顔


何か、そう言うものを後生大事に保管してる内は、赤ちゃん来ないんじゃないかなあって思ってしまって。
授乳クッションとか簡易ベッドとかもあったけど、何だか汚れてたし、ずっと押し入れにしまいっぱなしでカビ臭かったし。
洗えばまた使えたんだろうけどあせる




やっぱりまだ、二人目を諦めたくはないんですよねショボーン
年度末の3月31日。
不妊治療の助成金の申請のため、町役場に行きました。
私の住む町では、県からの助成金を越えた分に対し、10万円を限度として申請できるからです。
まあ、採卵周期となると正直それでも全然足りませんが、あるとないとでは大違い。
有り難く頂きます照れ


担当の課に行くと、いつもの担当者さんはお休みとのこと。
で、別の方が対応してくれたんですが、その方、母子手帳を貰いに来た時に対応してくれた方でしたガーン
私のこと覚えてなかったらいいなあ~と思ったものの、やっぱり覚えていたらしく。
まあ、前回は娘も一緒で、保育園の話とかその方の子供さんも同じ保育園にいるんだとか、そんな色々な話をしていたし、そもそも一ヶ月前のことだからなあ。覚えてるよね笑い泣き
顔を見るなり、「体調は大丈夫ですか?」と聞かれてしまいました。
うわ~やっぱり聞かれちゃったよ、と思ったものの、4月から同じ保育園に通うから顔を合わせる機会もあるかもしれないし、赤ちゃんは?って聞かれるのもまた辛い、と思い、「いや~大丈夫じゃなくて…。死産してしまったので」と答えました。
「えっ…そうなんですか、すみません存じ上げなくてアセアセ」と言われ、「いえいえ大丈夫です」と。
少しだけ涙が出そうになりましたが、大丈夫でした。


思わぬところで被弾してしまい少しだけ動揺したものの、気持ちは以前よりは落ち着いています。
3月13日。
自分の中ではこの日誘発分娩をするんだと思っていたので、ドキドキしながら看護師さんの訪室を待っていました。
前日の先生の説明では、朝から分娩室に移動して、9時に陣痛促進剤を入れ、その薬が三時間しか効き目がないので、12時、3時…と入れていき、それで出産に至らなければ、また翌日へ持ち越しになる、らしく。
分娩室は何もないから本や雑誌を持って行ってもいいと言われていたので、スマホや読みかけの小説、ミニタオル、ペットボトルのお茶などをバッグに入れて、準備万端にしていました。
そして9時過ぎ。看護師さんが車椅子を持って現れました。いよいよか…!と緊張していると、「先生の診察がありますので」と。
診察?分娩じゃないの?と疑問に思いながらも、促されるまま車椅子に。
移動中、看護師さんが「ラミナリアの入れ替えをしますからね~」と話しかけてくれました。


………何やて?真顔


今日分娩じゃないの?
ラミナリア増やすってこと?

そして、あることに気付いた私。

もしかして車椅子で迎えに来たのって、ラミナリア増やして激痛で動けなくなるだろうことを見越してなのか?

怖すぎる…!ゲッソリ

と、恐怖に震えながら産婦人科病棟へ連行されて行きました。


診察室に到着すると先生が待っていて、そのまま内診台へ移動。
昨日は一人だったお付きの看護師さんが二人に増えていました。
それはもしや、私が痛みで暴れた時のための押さえ込み要員か?と疑心暗鬼になる私。
昨日は「いつもの診察と変わらないからね~」と言っていた先生も、今日は「痛いと思うけど我慢してね~」に台詞が変わっていました。


そして確かに痛かった。


息吐き作戦もあまり効果が得られず、看護師さんが膝をさすってくれたりして、もう兎に角必死で痛みに耐えていました。
終わった後は放心状態。
「じゃあね、今日はこれで終わり。もうこんな痛いことはないですからね。今日一日子宮口広げて、明日分娩しましょう」と先生。
てっきり今日分娩するんだと思っていたのに、何だか拍子抜けしてしまいました。

帰りは車椅子で送って貰い、病室で時計を見るとまだ9時半。
俄然暇になってしまい、スマホをいじったりしてたけど、思い立って母にライン。
『赤ちゃん明日出すことになった。朝イチの処置が終わったらすることなくて、暇。小桃連れて面会に来ない?』
ところが中々返事がなく、待っている内にうたた寝してしまいました。
12時前になり、娘と両親が面会に。私のラインを見て来てくれたんだ~と思っていたら、母はスマホを家に忘れていて見てないんだとか。
でもまあ、娘に会えて嬉しかったし、両親の顔を見てホッとしましたおねがい

三人が帰ってしまうとすることもなく、午後はスマホをいじったり、うたた寝したりして過ごしました。
3時を過ぎた頃から、何となく生理痛っぽい痛みが出現。痛みがあれば鎮痛剤を出すから言ってね、と言われていたこともあり、経験上鎮痛剤は痛みが酷くなってからでは中々効かないことも分かっていたので、今の内に言っておこうと思い、4時頃になって体温を測りに来た看護師さんにその旨を伝えました。
すると、少ししてその看護師さんがまたやって来て、「先生の診察があります」と…。
診察って、内診ってこと?じゃあラミナリア抜かなきゃいけないんじゃない?そんでまた入れなきゃいけないんじゃない?またあの痛みに耐えるのは嫌だな~ショボーン
腹痛って言っても我慢できない程の痛みじゃないし、安易な気持ちで言わなきゃ良かったな、と後悔しました。
そこから一時間ほど待たされて、漸く車椅子登場。それに乗せられてまた産婦人科病棟へ移動しました。
「どんな痛み?」と聞かれ、「生理痛みたいな痛みで」と答えると、「ずっと痛い訳じゃない?波がある?」「波があります」「そうかぁ~。陣痛ついたんかなぁ」……

「じゃあラミナリア抜こうか」


……マジで?真顔


え?大丈夫なの?
生理痛みたいな痛みって言ったって、我慢できない程じゃないのに。前もって痛み止めが欲しかっただけなのに。

陣痛、じゃないと思うけどなぁ~滝汗滝汗

……などと言い出すことも出来ず、あれよあれよと言う間にラミナリアとさよならしました。

痛みの間隔を測るよう言われ、病室に戻されましたが、正直私は、ラミナリアを抜いたことによって子宮口は元に戻ったりしないのか、明日また仕切り直しになったりしないのか、と気が気じゃありませんでした。

7時頃になり旦那が面会にやって来て、赤ちゃんを入れる箱を持って来てくれました。
私は、簡易なものでいいかと、家にあった百均の箱で構えようとしていたのですが(!)、さすがにそれはあんまりだと思ったのか、お義母さんが知り合いの大工さんに頼んで、立派な木の箱で棺を作ってくれていました。
中にはお義母さんが作った赤ちゃんのお布団が入っていて、その心遣いに涙が出そうになりました。
いよいよ明日。娘の時は帝王切開だったから、分娩は初めて。ちゃんと産めるだろうかと不安はありましたが、なるようになるだろうと構えていました。


ちなみに陣痛?の方はと言うと、痛みの間隔なんてバラバラで、途中から測るのを諦めました真顔
3月12日の入院まで、実家に帰ることにした私。
出血や腹痛があれば、時間外でもいいので電話をするようにと病院からは言われていたけど、特に何事もなく過ごしました。
1日だけ、あれ?お腹痛いかな?って日があり、父は随分と心配してくれて、夜でしたが「今から病院行くか?」「連れて行こうか?」と何度も聞いてくれたり。
でもそれ以外は、本当に何の症状もなく、もしかして何かの間違いだったんじゃあ…?なんて、思ったりもしました。
スマホで「子宮内胎児死亡」「誤診の可能性」なんてググッてみたり。(出て来なかったけど)

3月11日。
翌日の入院に備え、娘と一緒に帰宅。
夕方トイレに行くと出血があり、ああ…いよいよ流産するのかなショボーン、と暗い気持ちになりながら、荷造りをしました。
暫く娘と会えなくなるので沢山触れ合いをして、夜は寝ている娘のほっぺに沢山ちゅうをしました。

3月12日。
11時頃に実家の両親が娘を迎えに来てくれて、暫しのお別れ。
私は旦那の車で病院に向かい、13時前に到着。
先に外来でエコーを確認すると言われていたので、入院手続きはせずに産婦人科の外来へ。
外来の一番最後に呼びますと言われていたのにまだ四人ほど患者さんがいて、私の隣にはばっちり妊婦さんが座っていました。しかも旦那のお義母さんと一緒に来ているらしく、嬉しそうに赤ちゃんのことをあれこれ話していて…。
聞くに耐えずにスマホをいじっていたら、すぐに名前を呼ばれて、エコー室に。
経膣エコーで赤ちゃんの心拍がないことを再確認され、涙が出そうになるのを我慢しました。
旦那と二人で診察室へ入るよう言われ、産婦人科は男性は進入禁止のため、外で待っていた旦那を呼んで診察室へ。
やっぱり赤ちゃんの心拍がないこと、入院して流産手術をすること、手術とは言っても何かする訳ではなく、子宮口を広げ陣痛促進剤を使ってのお産となること、などを説明されました。
「病室は、事情が事情だけに個室を用意させて貰いました。ただ、産婦人科病棟の個室が空いてないので、申し訳ないけど、ひとつ上の階の、一般病棟の個室になります。診察や処置は産婦人科病棟でしますので、その都度移動して貰わないといけないけど」と言われ、正直赤ちゃんの泣き声とか聞きたくないし、その方が良かった、と思いました。
先生の診察後、受付で入院手続きを済ませ、待ち合い室で待っていると、お迎えの看護師さん(助産師さんかな?)がやって来て、まず、産婦人科病棟へ。
面談室に案内され、「赤ちゃんを亡くした方へ」と書かれた冊子と、流産手術の具体的なスケジュールが書かれた紙を渡されました。
一通り説明を受けた後で、入院する病棟へ移動。部屋に入り荷物を下ろすと、2時半頃になっていました。
それから旦那が帰って行き、パジャマに着替えたり荷物の整理をしたりしていると、また看護師さんがやって来て、「5時頃から先生の診察がありますので、またお迎えに来ますね」と…。
先程貰ったスケジュールによると、流産手術の前日から子宮口を広げる処置を云々、と書いてあります。

来たか…ラミナリア…!

痛いかなー、痛いんだろーなー滝汗

私、娘を産んだ時、予定日超過による誘発分娩をしようとしてて、何か入れたんですよね。それが兎に角激痛だったことは覚えてる。(結局胎児心拍低下で帝王切開になったんだけど)
あれ、ラミナリアだったのかな。だったんだろーな。あれ級の痛みがまた来るのか…!と思って、果てしなくブルーになりました。
5時までにはまだ時間がある…!と、スマホで「ラミナリア」「痛くない方法」などとググッてみたり。
結果、ラミナリアを入れる時に大きく長く息を吐くと痛くない、と言う情報があり、それを実践することにしました。
4時半、看護師さんが来室。あれ?と思っていると、今から診察行きますね~ニコニコとのこと。
まだ5時になってないんですけど!?
30分も早いんですけど⁉️
心の準備が~えーん
と思いながら、産婦人科病棟の診察室に移動しました。
移動中、やはり産婦人科病棟なので、生まれたての赤ちゃんをカンガルーケアみたいに胸に抱っこした入院患者さんがいて、モヤッとしたり。
診察室に入るとまだ先生は来ておらず、先に下着を脱いで診察台に座っておくよう言われました。そして待つこと数分で先生が到着。
「いつもの内診と変わらないからね~」と先生は言うものの、台が上がり、見やすくするために膣を広げる機械?が入って、それが多分一番痛かったと思います。
息を長く吐きながら耐えていると、ラミナリア自体は、いつ入れた?って感じに終わりました。
その後は抗生剤を処方され、自分で歩いて病室へ。
痛かったら鎮痛剤も出すからね、と言われたものの、入院1日目は痛みもなく過ごすことが出来ました。