令和6年10月末に、創価学会を脱会しました。
私は三世でした。
簡単に脱会までの経緯を書きます!
子供の頃は少年少女部で会合に程よく参加。
勤行も程よく、でもお題目は目標を決め1日も欠かさず唱えました。
その後、女子部の活動から徐々にスパルタに。
10代で結婚し婦人部になった私は、人材育成のグループに入り子供を連れて必死に活動。
離婚後シングルマザーになりましたが25歳で白ゆり長(当時B担)という役職につき、マジで活動!
新聞長や地区副婦人部長なども経験しました。
組織では意気揚々と肩で風をきって歩いてましたw
忙しくて辛いこともあったけど、若くしてシングルマザーになった私は学会のお陰で不安も孤独もなく、沢山の人に囲まれて小さな子供たちを育てることができました。
コミュニティに属していて安心感がありました。
(当時の仏敵・自民党の人達が村社会で凄く怖かったw)
人としても未熟だった私は、学会の先輩方の人柄に憧れたし、指導を仰いでなるべくその通りにしていました。
ただひとつ私が根本的に間違っていたと思っているのは、NOと言う事はバチが当たると思い込んでいたことです。
指導通りに活動するために育児を疎かにし、子供に寂しい思いをさせてでも活動を優先してしまいました。
子供には、脱会した日に心からその事を謝罪しました。
それは学会の教えに反することでもありました。
創価学会は社会や家庭で平和を築くための活動。
なのに無理してた。だからバレない育児がだらしなかった。
キャパオーバーで出来ないのに、出来ます!と信心で乗り越えないといけないと思っていました。
信心が足りないから出来ないんだと思っていました。
のちに私には生まれつきの疾患で人より疲れやすい事がわかりました。
祈り…ぇえ?汗
そんな事洗脳だと言う人の気持ちもわかります。
そうかも知れないし、違うかも。
ただ、脱会した今も恨んでいません。
後悔はしていますが、仕方なかったと思います。
なぜなら私は学会三世で育ったので、指導で教えられた通りにすることが正しく生きる事だと思って疑いませんでした。
母子分離が出来ていなかったので、自己の確立が出来ませんでした。
境界性パーソナリティ障害です。
話を戻しますと、
「悩みがあったら指導を受け、祈って解決する」
ここでは敢えて池田氏の事は言及しませんが、そう叩き込まれていたので、自分では自分の意思でそうしていたつもりです。
唯一悩みが根本的に解決し、幸せになれると信じていたからです。
けれど、自分の事を自分で決めていなかった。
最後に決めるのは貴女、と言われても
やります!と元気に返事。
よく学会のそういう所が気持ち悪いと聞きますが
あれはね、もはや部活です。笑
そして学会でいい子チャンで居たかった私は、
99.9% はい!と答えていました。(謎すぎ)
だけど学会員しか周りには居ません。
独身の友達は若くて住む世界が違いました。
そんな環境で自分の意思を持てるほど、私は強くもなく、疑問を持つほど賢くもなかったのです。
今となっては全てがこれに尽きるのですが、機能不全のネグレクトで育った私は、教えられた通りに学会活動をする事で母に認めて貰いたかったのだと思います。
私はその頃、本気で学会活動を頑張りました。
友達に「折伏」ってあだ名つけられる程頑張りました(笑)
ですが仕事と育児と活動で寝る時間もなく、精神的にも肉体的にも限界になった私は、30代後半でうつ病になり、役職を降りて第一線から退きました。
その後は病気で好きにしたし孤独にもなりました。
脱会した今、創価学会には感謝してます。
本当にお世話になったし、良い人も沢山います。
ただ、思い出すと腹が立つ事はあります。
破折するスタンスも好きではありません。
自分の性に合っていません。
パワハラ・モラハラ気質だと思います。
自分たちがわからないことは
「何か意味がある、仏に試されている」
と仰いますが、何の?何を?
仏敵変わりすぎ、てか仏敵って確か胸中にあるのであって攻撃するものではありませんよね?
こんな発言をする私も仏敵ですか?
母に認めらる為にもしていた学会活動。
その母は二年前に道にタバコの吸い殻を捨てました。
信心、信心と言う母が…。
ショックを受け、私が拾って持って帰りました。
今年は50にもなる私に酔って怒鳴りました。
でも精神疾患持ちの私の話は誰も聞かない。
結局悪いのは私なんですよね。
小さい頃はしっかりして大人みたいな子。
大人になると精神疾患、発言を信じてもらえない。
学会の人は病気の私の家には来ませんでした。
病気の時に来てくれていた学会員は祖父だけです。
もう意味がわかりませんよね?
こんな気持ちは辛すぎました。
来世があるなら人間に生まれたくないです。
だから脱会しました。
前述しましたが今年で50歳になりました。
半世紀学会員として生きてきて、所属コミュニティを失い、母とは絶縁状態になりかけています。
(もうなっているかも知れません)
それでも脱会した私は自由になりました。
文化的にも教育的にも精神的にも自由になり、自分の意思で生きて病気を寛解させようと決めました。
今は色んな宗教が背景になった建築や美術の本を読んで勉強し、美しいなぁとうっとりしています。
このブログは、脱会を勧めるためでも
創価学会や公明党を批判する目的でもないです。
むしろ、これまで以上にフラットに宇宙を信じ、祈るような局面では「アーメン」とかでもなく(笑)、
生まれたとおり心の中でお題目を唱えています。
極論何でもいいと思っています。
今はスピリチュアルに宇宙を信じています。
もはや初老でひとり立ちし、闘病をしてみるという大冒険に出た!
その記録を綴って行こうと思います。
もちろん学会員さんを、不快にさせるような記事もあるかも知れませんが私は読んで下さった方を悲しませたくないし、そんなつもりで書きません。
ただ、コミカルなツッコミは入れながら書くかも知れません、関西人なので(笑)
今後少しずつブログを更新していきますので
どうぞよろしくお願いします。