私の母は、私が幼稚園のある日
突然いなくなりました。
それ以来、私は産みの母に会っていません。
小学校に入る前。
小学校の体験みたいなのがあって。
(今思えば就学時健診だったのかな)
小学校で、健康診断と、
簡単なテストみたいなものをしたんですが。
新一年生には、付き添い係として、
6年生のお姉さんが付いててくれました。
待っている時間に、
色々遊んだり話したりしてくれる訳です。
そのお姉さんが私に
「今日はお母さんときたの(´▽`)?」と
聞いてきました。
その頃私にはお母さんがいませんから、
一緒に来たのはお母さんではなく
確か父のやってる喫茶店で働いている
アルバイトのお姉ちゃんでした。
だから私は「違う」と答えました。
『お父さんと来たの?』と聞かれて、
これも『違う』と答えました。
すると、それをそばで聞いていた先生が慌てて
「この子はお母さんがいないの、
そんなこと聞いたらかわいそうだから
お母さんの話はやめてね」と
お姉さんをたしなめました。
その言葉を聞いた瞬間。
私はそれまでなんとも思ってなかったのに
なぜだかとてもとても悲しくなって
ボロボロと泣いてしまいました。
泣けば泣くほど先生や周りのお姉さんが
「ごめんね、ごめんね、
お母さんのことなんか聞いちゃって、
かわいそうなことしてごめんね」
と慰めてきました。
心の中で私は叫んでました。
(違う!私は、ちっともかわいそうじゃない!)
でも、涙が止まらない私は
それを伝えることができず、
私の声にならない叫びは、
分かってもらえるわけもなく。
その日一日、私は
「かわいそうな子」として扱われました。
泣いて帰った私の話を聞いて、父は言いました。
「そうか…。
靖子、お前が
『かわいそうな子』かどうかは
人が決めることじゃない。
お前が自分で決めるんだよ。
お父さんは、お前が生まれてきてくれて
本当に良かったと思ってる。
お前たちがいるから、
お父さんはとっても幸せだ。
どうだ、お前はかわいそうだと思うかい?」と。
「私はかわいそうな子じゃない!」
と答えると、
「じゃあ、お前はかわいそうな子じゃないさ。
お前は、何があっても
幸せに生きていける子だよ。」と。
そして
『かわいそうじゃないのに
かわいそうだって言われたら、
とっても悔しくて悲しいことがわかったろ?
忘れちゃダメだぞ。』
と言われました。
父は、私が包丁で手を切った時も、
転んでけがをした時も、
友達とケンカした時も、
受験に失敗した時も
いつだって
「そうか!よかったじゃないか!」
と言っていました。
「痛みを知っている人は、
人の痛みを理解することができる。
お前がこの先出会う人たちも、
いろんなことで悩んだり迷ったりするはずだ。
その時お前は話ができる。
経験者は語る、だよ。
お前は先生になりたいんだろ?
お母さんがいない子に話ができる。
受験に失敗した子に話ができる。
ほら、お前はついてるなあ!』
いつもいつもそんな風に言う父を
一時期とってもウザく感じて
思春期の頃は適当に返事して
めんどくさいとしか思ってなかったけど
気づけば父からの言葉は
私の中に染み込んでいて
今になって
もっときちんと聞いておけばよかったなと
思っているのですが
ああ、これも経験したからわかるんだ。
きっとその時わからなくたって
毎日子どもにかけている言葉が
いつか役に立つ時がくるのです。
だから、今かけている言葉が
子どもの『20年後に役立つ言葉』
かどうかを考えて
毎日伝えればいいんです。
子どもは、お母さん、お父さんの言葉で、
作られる。
今日はお子さんに
