森はどんどん深くなっていく。
熊野の山奥。
古事記では、神武が大和国に向かう際に、
八咫烏に案内をされたと記されている。
先頭に昴。
その足下に嵐、真魚、阿瑠と続く。
「どうして、私の村に向かうの…」
昴は、不安げに真魚に聞いた。
理由も分からず村は襲われた。
昴はまだ心を痛めている。
そこには村人の亡骸が、残されたままである。
昴にとって、見たくない事実であることに違いない。
「理由があるから、命令が下ったのであろう…」
真魚は阿瑠に聞いた。
「そうだ…」
阿瑠はそれだけ答えた。
昴の痛みは、阿瑠も感じている。
だが、その事実は消えることはない。
「阿瑠に確認しておかねばならぬ事がある…」
「確認?…何だ…それは?」
阿瑠が、改まった真魚の態度を怪しんだ。
「この山の中に、後、何人いる?」
真魚は阿瑠に確かめた。
「何人?」
「仲間の事か…三人ずつ別れて八組…」
「俺以外には、二十一人と言う所か…」
阿瑠は正確に、その数を言った。
「ほう…」
真魚はその数を聞いて、笑みを浮かべた。
「何かおかしいのか?」
阿瑠が真魚の態度を気にしている。
「昴はどう感じている…」
真魚は昴に話を振った。
「あっ…」
真魚の声を聞いて、昴が立ち止まった。
「近くには…」
昴が周りを気にしている。
「人の気配が…しない…」
昴がそう答えた。
「気配など、遠くからでは分かるまい…」
阿瑠がそのことを笑っている。
「大の男三人が、か弱き乙女に手を焼いたのだぞ…」
嵐が珍しく話に割り込んだ。
「昴には…俺達の場所が見えていたのか…」
阿瑠はその事実に驚いていた。
「まあ、そういう事だ…」
真魚が笑っている。
しかも、真魚に導かれ、光に触れた。
その力は相当高まっている筈だ。
「臭いは、するが…」
嵐が鼻を立てている。
その場所を通れば、何らかの臭いは残る。
人には無理だが、嵐の鼻なら捉えられる。
「命令は絶対だ、手を引くことはない…」
阿瑠がそう言って、考え込んだ。
「あっ!」
昴が何かに気付いた。
「あっち…」
昴が指さした。
「阿瑠、頼む!」
真魚が阿瑠に目で合図をした。
阿瑠が先頭に立った。
駆け足で、その方向に向かう。
「あれは!」
阿瑠が何かを見つけた。
黒い物が地面に横たわっている。
見慣れた着物。
膝をつき、それに触れた。
だが、あるのは着物だけであった。
蛇の抜け殻のように、着物だけがそこにあった。
「どういうことだ…」
阿瑠は真魚の顔を見た。
真魚は目を閉じて、何かを探っている。
「何か…いる…」
昴がその気配に気付いた。
真魚の手には、すでに五鈷鈴が握られていた。
ちりぃぃぃ~ん
真魚が一度だけ鳴らした。
その波動が、次元の膜を揺らす。
水面に広がる波紋の様に、緩やかに広がっていく。
森の木に当たりすり抜ける。
触れるものはその波動を乱す。
そして、その波動の影響を受ける。
森の中にほんのりと耀く光。
「あそこ!」
昴が指を差した。
その先に、白い人影の様なものが見える。
「幽霊か…」
阿瑠は自らの目を擦っている。
「お主に見えるのであれば、幽霊ではあるまい…」
嵐が笑ってそう言った。
「あれは…」
昴が震えている。
「生きていたの…」
目に涙を溜めている。
白い人影がこちらを見た。
そんな気がした。
「
舞衣
!」
昴が叫んだ。
だが、人影はその声を聞くと、闇に消えた。
続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-