桃尾山に夜が訪れていた。
木々の間から、星が見えている。
星空の僅かな光が、地上を闇にしている。
その闇に、蛙の鳴き声が響いている。
ここにいるよ…
そう言っている。
求め合うものは、引き寄せられる。
だが、触れ合うまではわからない。
真の理由は、分からないものだ。

「人も、蛙も同じか…」
宿坊で、真魚が笑みを浮かべていた。
灯台が一つ灯っている。
その灯りに虫が集まっている。
明慧…
慧鎮…
桔梗…
薺…
絡み合った心の糸。
全てが解決したわけではない。
「なあ、真魚よ…」
薄明かりの中で、嵐の声がした。
「なんだ…」
真魚が笑みを浮かべている。
「嫌な…気配がするぞ…」
嵐が、その事実に気付いた。
「…」
一瞬、間があった
ぷっは~ははっはは~
下品な笑い声。
息を止めたあとの馬鹿笑い。
それが、さらに…妙な場を創り上げた。
がたっ!
宿坊の扉が開いた。
「先に、お主に気付かれるとはのう」
後鬼がそう言って入ってきた。
「媼さんが笑うからじゃぞ…」
前鬼がその後ろにいる。
「お主ら!仕事は片づいたのか…」
寝転がった嵐が、片目を開けている。
「だから来たのであろうが!」
後鬼が、その嵐を睨んでいる。
「こちらも動きがあったようですな…」
後鬼が真魚に向かって言った。
「収穫はあったようだな…」
真魚が笑っている。
「薺という女が、あれを使ったようじゃ…」
前鬼が、真魚に考えを伝えた。
「ほう…」
真魚がその話に反応を見せた。
驚きもせず、それを受け入れた。
「ま、未熟な上に、起きた悲劇…」
「そんなところかのう…」
後鬼がその後に続けた。
「あれとは何じゃ?」
嵐だけが置いて行かれている。
「おや、お主は知らぬのか?」
後鬼が嵐の足下を掬う。
「知らぬ!」
嵐が起き上がって座った。
「俺には、必要ない…」
「だが、明慧には関係あるのだろう…?」
珍しく、嵐が人に寄り添っている。
以前の嵐では考えられないことだ。
「お主がのう…人の心を…」
後鬼が笑みを浮かべている。
「では、その心に免じて教えてやろう…」
後鬼が、腰に手を当ててのけぞった。
嵐に対する勝利の構えだ。
「布留のお宮に伝わる呪じゃ…」
前鬼がその隙を突いた。
「これはうちの手柄じゃぞ!」
後鬼が前鬼を睨み付けた。
「なるほどな…」
真魚がつぶやいた。
「真魚殿、そのお顔は…」
後鬼が、真魚を見て呆れていた。
「媼さん!やはり儂らは無駄足だったのう…」
「やはり、気付いておりましたか…」
そう言いながら前鬼が笑っていた。
「いや、そうでもない…」
「おかげで、おおよその見当は付いた…」
真魚が前鬼と後鬼に言った。
「だが、まだ気になることがある…」
そして、その事を二人に告げた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-