空の宇珠海の渦 第七話 揺れる心 その二十五 | 空の宇珠 海の渦 

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-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話






 明慧はすぐに、その波動に気付いた。
 


「佐伯様…?」



「あなた…なの?」




桔梗は涙を堪えて待っていた。
 


「あれは…」


その光の主を明慧は知っている。
 

それを母である桔梗は、あなたと言った。
 


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「母上…」


明慧は桔梗を見た。
 

「あれは、あなたの父上です…」
 

桔梗はそう答えた。
 


「ああ…」
 

明慧は泣いた。
 

自然と涙が溢れた。



その心を…


感じていたのに…
 



その温かい眼差しを…



感じていたのに…


 

目は見えなくとも…
 

感じていた…
 


だが、気づけなかった…


「父上が…」


その、自らの愚かさに…
 


明慧は泣いていた。
 


「慧鎮様…」


それは、紛れもなく慧鎮であった。
 


触れ合う三つの光。
 


触れた瞬間、溶け合った。
 


そして、また別れた。
 


そこに時間は存在しない。



永遠のようにも、一瞬のようにも見える。
 


 
「なぜ、今まで…」
 

明慧は泣いていた。
 


「それは、私の願いなのです…」


桔梗が慧鎮を見ていた。
 


「母上の願い…」
 


「強く生きて欲しい…そう願ったのです…」


「だから…一人でも生きられるように…」



「すまなかった…」



「もう…いいのです…」
 

明慧は言った。

 

「全てが分かったのですから…」
 

「それに、今の私は十分幸せです」


明慧の心は、晴れていた。
 


三つの光が寄り添っている。
 


その後ろに、大いなる光が見守っている。
 


「母上の願いは叶いましたか?」
 

「私は、強くなりましたか?」


明慧は桔梗に尋ねた。
 


「ええ、十分に…あなたは強くなりました」



愛しい我が子を見つめる母の心…


 
その愛しさと引き替えに、我が子を突き放す母の心…

 
その尊い心に違いはない。



「あなた、これからも明慧を…」


桔梗の光が小さくなる。
 


「わかった…」

 
慧鎮はそれだけ答えた。
 


「これからは、いつでも会える…」


「あの方は…私達の光…」



桔梗の心が明慧に触れた。



「母上!」


明慧が叫んだ。
 

大いなる光に包まれ、桔梗は消えた。




慧鎮が目を開けた。
 

涙が着物を濡らしていた。
 


「真魚殿…ありがとうございました…」



慧鎮は、それだけ言うのが精一杯であった。
 

そして、両手で顔を塞いだ。
 


真魚は立ち上がり宿坊を出た。
 

慧鎮の涙の終わりは、誰も知らなかった。



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続く…

-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
    実在の人物・団体とは一切関係ありません-