「どうした…お主は動かぬのか…」
真魚は昼を過ぎても動こうとしない。
退屈になったのか嵐が声をかけた。
「あの言い伝えが本当なら、焦ることは無い…」
真魚柱に背をもたせかけ、外を見ている。

「見当が付いたと言う事か…」
嵐はそう受け取った。
宿坊には真魚と嵐しかいない。
「乗りかけた船だ…」
真魚が続けてそう言った。
「また、女のことか…」
嵐が呆れている。
「そういえば…気配がしておったのう…」
嵐が何かに気付いていた。
「姿は見せられぬが、気になるということだろう…」
「それに、あの女…かなり弱っている…」
「歩くのさえ辛いはずだ…」
真魚はそれを感じ取っていた。
「普通の状態ではないな…」
「生命を何かに吸われているのか…」
嵐がつぶやいた。
「前鬼と後鬼が、あの女の後をつけている…」
「それが分かれば…」
真魚が考えていた。
明慧…
慧鎮…
あの女…
慧鎮は明慧の母を知っていた。
だが、その母も、既にこの世にはいない。
愛おしげに見つめる、あの女の目…
それは、愛情以外の何ものでもない。
「道糸が見えぬ…」
真魚は絡まった糸を見つめている。
「何処かにその糸があるはずだ…」
「あの女の目が、そう言っている…」
真魚は笑みを浮かべていた。
前鬼と後鬼が、屋根に登ると直ぐに動きがあった。
「桔梗様!桔梗様!」
下から叫び声が聞こえた。
「あの女が、倒れおったか…」
「桔梗と言うのか…あの女…」
前鬼が屋根に耳を当てている。
「ああ、良かった…」
安堵の声が聞こえた。
「大事に至らなかったようじゃのう…」
後鬼が笑っている。
「いつ倒れるかと…思っておったが…」
後鬼は、人の身体を観る事が出来る。
既に女の体調は理解していたようだ。
「何じゃ…これは…」
前鬼が怪訝な表情を見せた。
「どうしたのじゃ…」
後鬼が気になって前鬼に聞いた。
「人が入れ替わった…のか?」
前鬼が妙な事実を感じ取った。
「なんのことだ!」
後鬼が驚いて、同じように屋根に耳を付けた。
耳で音を感じ、手で波動を感じ取っている。
前鬼と後鬼ほどの力があれば、見るより正確に物事を測れる。
「別の…者か…」
後鬼が驚いている。
その者が放つ波動さえも、違って感じた。
「似て…いる…」
前鬼が、ある事を思い出していた。
「心が揺れずして、波動が放たれることは無い…」
後鬼がつぶやいた。
怒りや、悲しみ、感動…
心が動き感情が生まれる時、波動が放たれる。
波動の質が変わることは、その心が違うと言う事になる。
そんなことは有り得ない。
「あの時と…同じか…」
後鬼がそれを思い出した。
「だから…真魚殿が気付いたのか…」
前鬼と後鬼も同じように…
その悲しみを、忘れてはいなかった。。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-