桃尾山の上は、霊気に包まれていた。
「ここに何かがあるのか?」
嵐の問いかけにも耳を貸さず、真魚は何かを捜していた。
「あるような…無いような…」
真魚はそう言って地面に腰を下ろした。
心地良い風が駆け抜けた。
「そう焦る必要も無い…」
「気付いているのは俺だけだ…」
「それに、他にも仕事ができたしな…」
真魚は下界の景色を見ていた。
向かいには生駒の山、左手には葛城山、その奥に金剛山が見えている。
「これだけのものをあっさりと捨てるのだ…あの男は…」
真魚はそう言って笑っていた。
「確かに…お主の言う事は間違ってはおらぬ…」
くしゅん!
嵐が、その言葉と同時にくしゃみをした。
「どうした…珍しいな…」
真魚が笑っている。
「誰かが俺様の武勇伝でも、話しておるのであろう…」
嵐が寝転んでそう言った。
「その話を聞きたいものだな…」
真魚が嵐をからかった。
「だが、これは良い機会かも知れぬ…」
真魚はそうつぶやいた。
「京の都は始まったばかりだ…」
真魚が笑みを浮かべていた。
明慧が水を運び終えると、薺の気配が消えていた。
「すぐに消えるんだな、薺は…」
「ひょっとして、佐伯様を見に行ったのかな…」
明慧は、薺の様子をそう感じ取っていた。
明慧はその水で朝の食事を作り始めた。
今の時間、他の者は寺の掃除を行っている。
明慧はその間に、朝の食事を作る事になっている。
勿論、一人で行うことはない。
誰かが交代で炊事を受け持つ。
「今日は、英鎮様ですか?」
明慧より5つほど年上の英鎮が今日の当番のようだ。
「相変わらず、明慧はすごいな…」
英鎮は明慧に呆れていた。
「見えぬお前がどうして、ここまでわかるのだろう」
英鎮は明慧に感心しながら野菜を刻んでいる。
「見えないけれど、見ようとしていますよ」
明慧はそう答えた。
「見えないけれど、見ようと…か」
「それは真似できないな…」
英鎮はため息をついた。
「見えることが邪魔をする事もある…」
「そう言いたいのか…お前は…」
「でも、誰かに手を貸して頂かなければ、生きては行けません」
明慧がその事実を英鎮に告げた。
「それは、俺だって同じだ、皆足りないものがある…」
「それだから、人は支え合えるのではないか?」
英鎮はそう言った。
「すごいですね、英鎮様…」
「その言葉は耀いています…」
明慧は英鎮の言葉の耀きを見逃さなかった。
「俺がどんなに美味いものを作ろうと思っても…」
「明慧には敵わ…」
そこまで言いかけて英鎮の顔色が変わった。
「どうなされました、英鎮様?」
その声の調子を、明慧は感じ取った。
「明慧、今日の汁、ちょっと多すぎないか?」
英鎮が、明慧が作っている量に疑問を抱いた。
「きっと大丈夫です…」
「食いしん坊な嵐様のことですから…」
明慧がそう言って笑っていた。
続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-