真魚は清野の変化を感じ取っていた。
「変わったな…」
真魚が清野を見て言った。
「何…」
清野は、言葉に詰まった。
自分でもよく分からない。
その変化を知られている。
清野は出端を完全にくじかれた。
それは、真魚の手の内にあると言うことだ。

「あれを見たのだ…誰でもそうなる…」
「その存在を疑う者などいない…」
「見たと言うことは…そう言うことだ…」
真魚は清野に言った。
「なるほど…」
清野は、自らの変化を分かり始めていた。
真魚の言葉で、答えに近づいた。
「見たものを疑う者はいない…」
清野はその言葉を復唱した。
その言葉が清野の中で広がっていく。
記憶の中の出来事を整理していく。
「確かに…そうかも知れぬ…」
真魚の言葉を清野は受け入れた。
「見ただけで、人は変われると言っておるのだな…」
自らの変化を清野はそのように理解した。
「そうだ…」
真魚は清野を見て笑っている。
清野はもう真魚を、ただの男だとは思っていない。
それは、清野の頭の良さを意味している。
「では、感じたものはどうなる…」
清野が感じた感覚。
それが記憶の中に残っている。
甘美な恐怖が存在していた。
「見て感じたものは、自らの血と肉になる…」
「自らの…血と肉か…」
体験は、全てを変える。
真魚のその言葉の意味を、清野は理解していた。
「なるほど…面白い男だ…」
「つまらない男ではなかったな…」
清野はつぶやいた。
清野の言葉が、美紗を怒らせ、闇を導く結果となった。
だが、それも後から考えれば、必然だと言える。
美紗の心が拓き、清野は考えが変わった。
出来事は、その一面だけで捉えてはいけない。
そう言うことでもある。
「田村麻呂の話…面白いが、口にすれば俺の首が飛ぶ…」
「そういうことだろう…」
清野は、その事実に気付いていた。
隠された事実。
隠し通さなければならない理由がある。
それに背くことは、この時代…死を意味する。
「そうだ…」
真魚がそう答え、微笑んだ。
黙っておけ。
真魚の微笑みはそう伝えている。
「この辺りの木は、あの霧のせいか…」
清野の言葉が、だんだん柔らかくなる。
「闇に触れると生命が吸われる…」
「魂が吸われると思って良い…」
真魚は清野に、この場に起きた事を説明した。
「その木は…抜け殻か…」
清野はそう感じた。
「人であっても同じ事だ…」
「全てに包まれるとこうなる…」
真魚が、枯れた木を見ている。
その視線の先に光が舞い降りた。
「そうか!」
清野が声を上げた。
「蝦夷で起こった事は…」
清野の思考の中である心象が描かれた。
「何万と言う恐怖だ…」
真魚がそう言った。
「それが、田村麻呂が死にかけた理由か…」
清野はその事実を受け入れていた。
そして、その恐怖を想像し震えた。
何万の意思が呼び込む闇。
だが事実は、清野の想像を遙かに超えていた。
「それを…貴様が…」
清野の答えはそうであった。
直人から聞いた話。
それを知り、出来る者はこの男しかいない。
清野が出した答えは、そうであった。
「俺は…まだまだ小さいな…」
清野が自らを窘めた。
だが、その言葉には、未来への道が示されていた。
「お主は一体、何がしたのだ…」
清野が真魚に問うた。
「自由な世だ…」
真魚がそう答えた。
「そうか…そうか…」
清野は、自らの心に刻み込むようにつぶやいた。
「あるべきもの…だな…」
「いや、なくてはならぬのかも知れぬ…」
「面白い男だ…」
清野が笑っていた。
「俺は、佐伯真魚だ」
「佐伯…か」
「だが、それはもうどうでもいい…」
貴族であろうがなかろうが、面白い事に変わりは無い。
清野は、これまでの自らの行いに呆れていた。
そして、自らが創造した新しい世界に、一歩踏み出した。
だが、まだその事には、気付いていなかった。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-