その夜、真魚と嵐はそのまま野営することにした。
真魚が出した金色の布を、木の枝に吊した。
それが、屋根の代わりになる。
雨が降るというわけではないが、他にも理由がある。
夜でも、内側がほんのりと明るい。
他にも、秘められた力が備わっているようだ。

「お主の企みが、全く分からん…」
寝転がった嵐が、横目で真魚を見た。
「貴族の鷹飼を助けた所で、何の役に立つというのだ…」
嵐は、真魚に聞こえるように言った。
「鷹狩りと言えば、あの男も相当楽しみにしているらしいぞ…」
あの男と言うのは、桓武天皇の事である。
「それが、あの二人に関係あるのか?」
嵐にはどうでもいいことではある。
だが、未羽と直人の事は気になる。
「直人にとっては、出世の足がかりになるかも知れぬ…」
他の者がやりたくない仕事。
それ故に、うまくやれば道も拓ける。
真魚はそう考えていた。
「そういえば…直人の鷹も落ち着いていたな…」
「それよりも…未羽の兄か…」
嵐が、未羽と兄の関係を心配していた。
身近な存在が、違う考え方を持つと厄介だ。
その存在は、家族とは言え最大の敵となる。
だが、この世は二極。
与えられた場から何かを生み出すには、
その方法は間違ってはいない。
見かけは敵であるが、真実はそうではない。
時にはそれが、力になることもある。
そこに気付くことで、意味が生まれるのだ。
「珍しいではないか?」
嵐が人の事を心配するなど、滅多にないことだ。
「野兎…うまかったからなぁ…」
嵐は久しぶりの肉の味を、思い出していた。
「色気より、食い気か…」
真魚はそう言って、呆れていた。
「笑い事ではない、この借りは返さなくてはならぬ…」
嵐は真剣にそう考えていた。
「神である俺が、人からもらったままではな…」
嵐がもらったもの…
食い物のことであろうか?
食べたあとの満足感であろうか?
どちらにしても、嵐には理由が存在するようである。
「あの者達にも、人肌脱いでもらうとするか…」
真魚がそう言ったときであった。
ひゃひゃひゃひゃひゃ~
下品な笑い声。
布の前に、足音が聞こえた。
「今日はうちの勝ちでした!」
金色の布の間から、後鬼が顔を覗かせた。
後鬼は女の青鬼で、髪が長い。
額の両側に角が生え、口元には牙も見えている。
若い頃は美しかっただろう。
人で言えば、六十歳をこえた頃に見える。
だが、実際にどれだけ生きているか、定かではない。
「そういうことで…」
その後から、前鬼が入ってきた。
前鬼は男の赤鬼で、同じく背中に笈を背負っている。
髭を蓄えているが、髪は薄い。
お互いに修験者の格好で、背中に笈を背負っていた。
「お主らに、調べてもらいたい事がある…」
「おや、これは…」
真魚が言うよりより先に、後鬼が何かを感じた。
後鬼は既に、未来を読んでいた。
「お主らずっと見ていたのか?」
嵐が、前鬼と後鬼を睨んでいる。
「おや、大いなる神が気付かなかったのかい?」
後鬼は、態と意地悪な言い方をした。
「気配を消しておったくせに…」
嵐が負け惜しみを言っている。
「真魚殿は気付いておったぞ…」
後鬼は、更に追い打ちをかける。
「言っておくが、俺はお主らの様なものと繋がってはおらぬ…」
裏を返せば、嵐は真魚には繋がっているということだ。
「網の糸は、切れてはおるまい…」
前鬼が、その事実を言った。
「真魚殿から、どれだけの糸が出ておるのか…」
真魚の身体を、後鬼は案じていた。
「気になることが幾つかある…」
真魚はそう言って、後鬼に耳打ちをした。
「なるほど…」
「貴族の世界も、いろいろとあるのでしょうな…」
後鬼は、妙に納得した表情で答えた。
「その件はうちらにお任せください…」
「爺さんにはあとでゆっくり…」
「おや?」
後鬼が視線を送ったときには、前鬼の姿は消えていた。
「では、お主もしっかりと勤めを果たせよ…」
嵐にその言葉を残して、後鬼が前鬼の後を追った。
「全く…忌々しい奴らだ…」
そう言いながらも、嵐は笑っていた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-