空は一直線に獲物に向かった。
その翼に迷いは全くない。
本能か、魂か…
そこには、生命の美が存在していた。

「美しい…」
心が震えている。
未羽と木菟。
二つの美に、心が痺れていた。
男は感動に包まれたまま、その刹那を生きた。
「面白い…」
真魚は、その男の波動を見逃さなかった。
空は野兎に飛び乗ると、押さえ込んだ。
未羽が、獲物に向かって走りだした。
爪が食い込んだ野兎は、動けなかった。
未羽は興奮した空に、餌を与えながら爪を外した。
「お前はやっぱり…すごい…」
未羽が微笑んだ。
野兎は既に息絶えていた。
未羽は野兎に手を当てた。
「その生命、我らと共に生きよ…」
目を瞑り呪を唱えた。
生命に対する敬意の言葉だ。
空を繋ぎ、立ち上がった。
未羽は真魚と嵐を見つけ、獲物を上げた。
「なかなかやるのう…」
「おい、真魚!」
真魚の返事がない。
「また良からぬ事を考えておるな…」
嵐が見た真魚の顔は、そういう顔であった。
貴族の鷹匠。
その男を見て、真魚は笑みを浮かべていた。
「どうだ!空はすごいだろ!」
未羽が笑顔で戻ってきた。
真魚が笑っている。
「どうした?」
未羽はその笑顔が気に入らなかった。
「あの、すまぬ…」
未羽の後ろから声がした。
未羽が振り返り言った。
「お、先ほどは場をお譲り…」
「お、俺に教えてもらえぬか!」
未羽の言葉を、男の声がかき消した。
「橘直人と申す、俺に狩りを教えてもらえぬか!」
頬が赤く、目が潤んでいる。
感動の名残が、男の心を揺らしている。
「教えるも…なにも…」
未羽はその言葉に戸惑っていた。
「何か、訳がありそうだな…」
真魚が、直人と言う男に助け船を出した。
「は、はい…」
橘直人は下を向いた。
「話ぐらい、聞いてやってはどうだ?」
真魚が未羽の顔を覗いた。
「違いすぎる…」
未羽がそうつぶやいた。
身分が違うと、未羽は言っているのだ。
「それは関係ない!俺から見れば…」
直人はそこまで言いかけて止まった。
「俺が間に入ってやろう…」
真魚がそう言った。
「どういうことだ!」
未羽は、真魚の言葉の意味が分からない。
「お互い、俺に会うことにすれば良いではないのか?」
「あなた様は…」
直人が、気になっている事を口にした。
「俺は、佐伯真魚だ…」
「佐伯…真魚…殿…」
直人の顔色が変わった。
「知っているのか、俺を…」
「ただの噂ですが…」
直人は驚いていた。
「どうやら、極悪人として伝わっているようじゃぞ…」
嵐が真魚に言った。
「そのようだ…」
真魚が笑って答えた。
直人の表情が、それを伝えていた。
「えっ…」
直人の表情が硬くなった。
固まったと言って良かった。
「どうしたのじゃ?俺は犬ではないぞ!神だ!」
嵐が自慢げに、その事実を告げた。
「い、い、犬が…喋った…」
「お主は、人の話を聞いておらぬのか!」
嵐がそう言って、直人を窘めた。
「喋るのよ…神様だから…」
未羽が、固まった直人を見て笑った。
「神…様…?」
直人の表情が緩むまでには、あと少しの刻が必要であった。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-