後鬼は埜枝の事を考えながら、神社に向かっていた。
後鬼が埜枝に感じているのは、子供に対する想いだけである。
だが、人を殺めていいはずはない。
それだけ歪んだ何かが、存在している。
それを、確かめて見たくなったのだ。
「おや…」
何人かの人影が神社の周りをうろついている。
恐らく逃げたあのものを、捜しているのであろう。

「ごくろうなことだな…」
後鬼は見つからぬように先を急いだ。
社の屋根の上まで来た。
闇の中で後鬼は埜枝の波動を捜した。
だが、それは直ぐに見つかった。
埜枝は真下にいた。
「おそらく埜枝も感じておるだろう…」
後鬼は屋根の上から飛んだ。
「!」
埜枝がその波動に気がついた。
「なんだ…これは…」
高き波動。
「真上か!」
埜枝は真上を見上げた。
「どこを見ておる…」
埜枝の背中から声がした。
「だ、誰だ…!」
埜枝がその姿に驚いている。
額の角、口元の牙…
「お、鬼なのか…」
埜枝も鬼を見るのは初めてだ。
「安心しろ、話をしに来ただけだ…」
「話…」
後鬼の言葉を埜枝は信用していない。
埜枝からしてみれば、話をする理由など無いからだ。
「あのものの話だ…」
後鬼がそう言った。
その言葉を聞いて埜枝が凍り付いた。
頭が混乱していた。
何を言っていいのかわからない。
「申し遅れたな…私は吉野の後鬼という鬼だ…」
後鬼が自ら名乗った。
「術で縛ろうとしても無駄じゃぞ、これは通り名だからな…」
後鬼は先手を打った。
「お主はあのものの親じゃな…」
そして、いきなり本題に入った。
「ど、どうして…それを…」
埜枝が驚いている。
見ず知らずの鬼に、全てのことが知られている。
「一つ聞いておきたいことがある…」
そう言いながら、後鬼が埜枝の様子をうかがっている。
「な、なんだ…」
「やさしい男が、どうしてああなったのだ…」
後鬼が言った言葉。
それが、埜枝には信じられなかった。
「息子を知っているのか?」
あのものが男であること、その心の内まで言われたからだ。
「あのものは見た、だが息子には会ったことがない」
後鬼がそう答えた。
「私が悪いのだ…醜く産んだ私が…」
埜枝がうなだれて言った。
「いい子だったんだ、いい子だったんだよ…」
埜枝は見ず知らずの鬼に涙を見せた。
後鬼の高き波動。
それに導かれるように埜枝の心が揺れていた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-