柊が床の上に寝ている。
華と蓮が心配そうにその様子を見ていた。
百目鬼は手の平の目で柊を探った。
呪の糸を一本一本ほどく様に見ていく。

「真魚、あやつ信用していいのか?」
嵐はまだ半信半疑だ。
「まあ見ているがよい…」
真魚は平然としている。
「華を見て驚いたぞ、幼き頃の柊にそっくりだ」
「そのおかげで、はっきりと思い出したわ…」
百目鬼が柊に話しかけた。
「あの時、柊が来なければ、私は今も縛られたままかも知れぬ…」
百目鬼は話ながらも手の動きは止めない。
「楠の下でお坊さんに逢った…」
「ふふっ、そうか…」
柊が言ったその事実は百目鬼を呆れさせた。
それが百目鬼の今に繋がっているのだ。
「くそ爺…」
その横で真魚が笑っている。
「うちが思った通りであったな…」
後鬼も笑ってた。
どういうわけか百目鬼の表情が穏やかになっていく。
真魚に出会って何かが変わった。
「柊のおかげで楽しみが増えた…」
楽しみとは勿論、真魚の棒の事だ。
百目鬼は母のような笑顔で柊を見た。
「何だか母を思い出します…」
「鬼に母を見るのか…」
百目鬼はそう言って笑った。
「楠の神はどこにおる?」
百目鬼がそう言った。
「何、楠の神って?」
華が不思議がっている。
「黑のことだ…」
側にいた蓮が華に言った。
「お兄ちゃん、その事知っていたの?」
いつも華のことを馬鹿にしていた蓮。
その蓮から出た言葉であることが華には信じられない。
「いや、向こうで真魚に聞いた…」
「父ちゃんの願いを叶えているって…」
蓮の言葉は意外であった。
「黑はやっぱり悪くないんだ」
華が見ていた通りであった。
「黑の中の神は、この先の泉にある楠の神じゃ…」
「父親は黑を村に連れてくる際、水を飲ませる為に立ち寄ったのじゃ…」
「そこで、願いをかけた…」
「その切実な想いは側にあった楠の神に届いた…」
「もうすぐその楠の寿命が来る…」
「その霊力の一部を黑に託したのだ…」
「その願いを叶える為に…」
後鬼の説明を百目鬼が頭に入れた。
「なるほど…」
「では、華、黑が来てからのことを順番に言ってくれ」
百目鬼が華に言った。
華は時系列に沿って全ての出来事を語り始めた。
蓮は驚いていた。
百目鬼が重ねられた呪を、順番通りほどいていく。
真魚が目をとじて手を広げた。
気がつくと金色の光が舞い降りていた。
蓮はその光の中で感じていた。
生命は繋がって生きている。
父は記憶は無くした。
だが、生きている。
これから、あの二人の子供の父として生きて行くだろう。
華と蓮の父としての記憶。
それを失った時、新しい人生に出会った。
だが、父がいなければ自分も華もいない。
父の願いがなければ母も生きていない。
その父の命は母が守った。
みんなまだ生きている。
命を繋いでいる。
命の絆は繋がっている。
そしてまた新しい生命に繋がっていく。
蝦夷で見た親を亡くした子供達。
だが、村が子供達を育てていた。
親子という関係はない。
それでもその絆は繋がっている。
「何、これ…」
華が舞い落ちる雪を受けるように手を広げた。
手の平の上に光の粒がゆっくりと舞い降りる。
その粒が手の平の上で輝いた。
光が広がっていく。
「華が広がる!」
華はそう感じた。
華の意識が光となり広がった。
粒から粒へ華が伝わっていく。
「ああ…すごい…」
華の瞳から涙が溢れていた。
大いなる慈悲が全てを包んでいる。
蓮も柊もそれを感じている。
「繋がっている…」
蓮が見た蝦夷の世界、父の記憶。
幼き柊が見た百目鬼との出会い。
柊の母の記憶。
華が全て並べ、共有していく。
そして、その全てを支えているものがある。
百目鬼の手が動き続ける。
機織りの娘のように手が止まる事はない。
「こやつ、なかなかやりおる…」
「任せて正解だったな…」
嵐が百目鬼に感動していた。
世界は目に見えぬ糸で織られた反物。
縦糸と横糸が織りなす世界。
百目鬼はその世界のからくりをほどき、直していく。
「なかなかのものだ…」
前鬼が百目鬼の美しさに見とれていた。
「それでも…うちの若い頃にはかなうまい…」
後鬼が前鬼を睨み、百目鬼に讃辞を送る。
「みんな繋がっている…」
華はその事実に触れた。
華の感動は止まらない。
「生命が繋がることで、この世界があるんだ…」
華が見たものはこの世の理だ。
広げられた生命の織物。
光の粒一つ一つが理であり、生命の一部だ。
だが、それが人の目に見えることはない。
柊も、蓮も同じものに触れている。
それでも二人には違うものに見えている。
それもこの世の理なのだ。
「この辺りでどうだ…」
百目鬼の手が止まった。
その言葉で真魚が目を開けた。
「それでいい…」
真魚が百目鬼を見て微笑んだ。
「約束は忘れるなよ…」
百目鬼が真魚を見て笑みを浮かべた。
その美しさに皆が見とれた。
鬼が持つ惹きつける力。
それすらも百目鬼の美しさには及ばないのかも知れない。
光の粒は消えていた。
「感謝する!」
真魚は感動の波動にその言葉を載せた。
その波動は宇宙に広がっていく。
柊が華と蓮を抱きしめている。
かけがえのない尊さを抱きしめている。
「ありがとう、蓮、華…」
柊の感動が二人を包んでいる。
命の絆を抱きしめ、その絆に包まれていた。
「折り合いは付けたが完全ではない…」
「懸命に生きよ!」
百目鬼は柊にそう言った。
「はい!」
柊が頷き、百目鬼が微笑んだ。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-