「動いたようだな…」
その変化を嵐は感じ取った。
「仲成は罪を認めたらしいな…」
そう言って東子を見た。
「これで紗那は死んだことになった…」
「その事実はお主は知らぬ…」
嵐が東子に念を押した。
「このままだと後宮に入ることになるな…」
嵐が東子にその事実を告げた。
「なぜ、その事を…」
東子はその事実に潰されそうになっていた。
「その様子だと返事はまだのようじゃな…」
嵐は東子の波動を読んでいる。
「どうしたら…紗那に会えるの?」
東子は真剣な眼差しで嵐に訴えた。
「確かめたいのか…紗那の心を…」
嵐とは思えない言葉が出た。
「もう一度、会いたいの!」
「一度でいい!」
それは紗那の想いでもある。

「夜だ、夜まで待て…」
嵐が東子にそう言った。
東子の心が震えている。
その波動が広がっていく。
「会えるのね、紗那に!」
雲間から射す光。
東子は涙を浮かべながらそれを見ていた。
真魚は若い付き人を連れて仲成の屋敷を出た。
「どこに参られるのですか?」
付き人が真魚に尋ねた。
「名は何というのだ?」
真魚は答えより先に付き人の名を聞いた。
「井出湯守と申します」
「井出?仲成とは関係ないのか?」
真魚はその出自が気になった。
「私は妾の子です」
湯守がそう答えた。
「そう言うことか…」
真魚はそれで納得した。
父の種継は暗殺された。
出世の道は閉ざされたようなものであった。
「言っておくが、行く所はないぞ…」
真魚は湯守にそう言った。
「え、では、何の為に私を…」
湯守は真魚の行動が理解出来なかった。
「見当はついていると思うが、奴は人を殺めた」
真魚は湯守に事実を伝えた。
「はい、何となく分かります」
「だが、殺したものは生きている」
「ど、どういう事でしょう?」
「俺が助けた」
湯守にとってその事実は受け入れ難い。
「だが、奴は知らぬ」
「それでいいのではないのか?」
真魚が笑みを浮かべている。
仲成が知らない事実。
それを湯守が知ったことになる。
「佐伯殿は…なぜ私に…」
湯守は気づいた。
切り札は取っておけ、そう言っているのだ。
だが、話は簡単ではない。
その裏を湯守は気にしている。
この男は何と引き替えに、その事実を自分に告げたのだろう。
湯守はそう思っていた。
「お主は敏感な奴だ…」
「しかも、頭がいい…」
真魚が湯守を見て笑みを浮かべた。
「あの夜、神に物怖じもしなかった」
「それは見抜いていたからであろう?」
真魚は歩きながら話をした。
「見ていらしたのですか…」
湯守は真魚の後ろを歩いている。
「神が自ら名を告げるとは思えません」
湯守はあの夜の事を話した。
「お主、神に逢ったことがあるのだな…」
真魚が笑っている。
前鬼もたまには間違いを犯す。
だが、その間違いで湯守の才を見抜いたようなものだ。
「仲成に呪をかけたことも、偶然ではなかったわけだな…」
真魚は湯守のしたたかさを感じていた。
「そういえば…」
湯守が何かを思い出した。
「あの神は…」
「あなたに会えと言った…」
「では…全てあなたが…」
湯守は真魚の策略に気がついた。
「そういうことになるか…」
真魚は立ち止まり振り返った。
「貴族の中で腐るぐらいなら、その才、俺に託せ」
真魚が湯守にそう言った。
その言葉に湯守は揺れた。
「あなたは何がしたいのですか?」
湯守はその心を知りたかった。
「唐に行く」
「唐…遣唐使…」
「お主には知りたいものがあるであろう」
真魚が湯守の瞳を覗く。
「知りたいもの…」
湯守は真魚の瞳に囚われた。
逃げられない。
そう感じた。
恐怖ではない。
果てしなく広がる宇宙。
途方も無い生命。
真魚のその魅力に引き込まれた。
「知りたい…」
湯守は真魚に言った。
「全部教えてやる…それが条件だ!」
真魚が湯守に言った。
自らの高鳴る鼓動。
止まらない感動が湯守を包み込んでいる。
その心が、高き波動を生み出していた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-