「ねぇ、凪姉ちゃん私たちどこまで行くの?」
子供の一人が疲れた様子で凪に聞いた。
五歳ぐらいの女の子である。
こんなに小さくても女の子はたくましい。
それに口が立つ。

「さぁどこでしょう?」
「楓はどこだと思う?」
凪は行く先は言わない。
「どこ?教えて…」
「楽しみはとって置いた方がいいんじゃない?」
その方が気持ちが続く。
凪はそう考えている。
行き先が嫌な場所だと行く足も鈍る。
「楓は知りたいの!」
「だって、疲れてきたんだもん…」
休みも無しに歩き続けている。
子供達が泣いていないのが不思議なくらいだ。
だが、凪は逆にその事が不思議に思えてきた。
「そうか!」
思わず声に出してしまった。
凪はその時、気がついた。
守られている。
包まれている。
いつも感じている。
それは鈴鹿御前の波動であった。
子供達は無意識に安心している。
「怖いとばかり思っていたけど…そうじゃなかったんだ…」
そう思った時、凪に違う感情がこみ上げた。
「凪姉ちゃん泣いてるの?」
楓に指摘されてその涙に気がついた。
「目に虫が入ったのよ、それも両目に!」
凪は冗談のように言ってみた。
「虫、かわいそう…」
凪ではなく虫に同情する五歳児なのだ。
「!」
凪が急に足を止めた。
その音に気づいたからだ。
水の音がしている。
「うそ!」
有り得ない。
それが凪の思っている川の音だとすると、大人より速く歩いてきたことになる。
「御前様、川があります、一息入れますか?」
先頭の颯太が声を掛ける。
「そうだな…この辺りで一度休もう…」
鈴鹿御前がそう言うと、その場に座り込んだ。
「御前様…」
凪は気がついた。
「これは御前様の力…」
凪は直ぐに鈴鹿御前に駆け寄る。
腰にぶら下げていた袋。
その中に奇妙な形の小瓶が入っていた。
「御前様、これを!」
「これは…?」
「後鬼と言うあの鬼に預かって来たものです」
「御前様に何かあれば飲ませてやれって…」
「後鬼が…」
奇妙な小瓶の中には美しい水が入っている。
この水がどういうものなのか、鈴鹿御前は分かっていた。
後鬼の理水だ。
「少しずつ頂こう…」
鈴鹿御前はそう言って一口だけ飲んだ。
「これは…」
身体のすみずみまで行き渡る生命。
身体の全てが喜んでいる。
生きる喜びに満ちあふれている。
「ありがとう…後鬼…」
鈴鹿御前はその想いを噛みしめていた。
「何よりの助けだ…」
鈴鹿御前に生気が戻った。
「ありがとう、凪…」
そう言って鈴鹿御前は凪の頬にその手を触れた。
鈴鹿御前の想いが伝わって来る。
その波動に心が共鳴する。
心が揺れている。
凪の瞳から涙がこぼれた。
「泣くのはまだ早い…」
鈴鹿御前が微笑んで言った。
凪には使命がある。
その涙は大切にしまっておけ。
凪はそう言われたような気がした。
「はい!」
凪はそう言って鈴鹿御前を見つめた。
「強くなったな、凪…」
その決意の瞳はかけがえのない輝きであった。
いつの間にか大人になった凪。
ここにも…ひとつ…
救った命が輝いていた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-