川の側に布いた陣の中に田村麻呂はいた。
上がらぬ成果に考えを巡らせている。
「やはり一筋縄では行かぬか…」
想定内とは言え、退屈な時間をもてあましていた。

これだけの人数をかけてほぼ一日。
何も成果は出ていない。
「このままと言うわけはなかろうが…」
捕まえるか、もしくは処刑するか…
一つだけ言えることは、誰もが納得出来る終わりを迎えなければならない。
勿論、この場合の『誰も』とは帝と貴族だ。
そのためにはどういう形であれ田村麻呂が関わらなくてはいけない。
それだけは確実に言えることだ。
「俺が出て行く理由が見つかったと言うことか…」
その言葉の裏に、楽しんでいる自分がいる。
田村麻呂はその事実に笑みを浮かべた。
仕組まれた流れを読んでいる。
「奴はどうけりを付ける…」
それを田村麻呂は楽しんでいるのだ。
佐伯真魚という男との駆け引きを、裏で楽しいんでいるのである。
しかも、それを知っているのは田村麻呂ただ一人だけなのだ。
「今日一日何もなければ、明日は俺が出て行く」
田村麻呂はその旨を部下に告げた。
鈴鹿御前の館では、前鬼がある疑問点に気づいていた。
「あの子供達はどのようにしてここまで連れてきたのだ?」
倭の網を抜けるために自分一人なら飛べると言った。
だが、それでは子供達を救い出すことは出来ない。
「俺は既にその力を使っていると感じているのだが…」
真魚が鈴鹿御前にそう言った。
「私がか?…」
無意識のうちに力を使っている自分がいる。
「確かにここの結界は他と違うぞ」
「俺はあの颯太とか言う小僧を見失ったのだ…」
嵐がその事実に気づいた。
「神である俺が見失うなど有り得ない」
自らの失敗を肯定しようとしている。
「お主の懐の中と言うことか…」
後鬼が自分の見立てをそう表現した。
「私の中…だと…」
「そ、そうか!」
後鬼の言葉で、鈴鹿御前はその事に気づいた。
「そなたは無意識のうちに結界を作っている」
「それは自分を守る為だ」
真魚がそう言った。
「無意識のうちに…自分を守っている…」
鈴鹿御前はそう指摘されて初めて気がついた。
「そうかも知れぬ…」
鈴鹿御前はその両手を見て考え込んだ。
「現に山狩りの奴らは入ってきていない」
前鬼がその事実を告げる。
「それが答えだ」
真魚が言った。
「そうなのか…」
「だが、お主は入ってきたではないか!」
半信半疑の鈴鹿御前が、真魚にある事実を突きつける。
「俺は別だ…」
真魚がそう言った。
「別…別とは何だ!」
鈴鹿御前にはその意味が分からなかった。
その反応に皆が笑っている。
「この男は神の結界に堂々と入って行くような奴だ…」
嵐が呆れたように説明する。
「神の結界だと…」
鈴鹿御前はそれがどういうものなのか理解出来ない。
「ただの命知らずだ、放っておけ…」
嵐にとってはそういう真魚の行動が迷惑なのだ。
鈴鹿御前は困り果てた表情で見ている。
「俺のことはいい、それよりも問題がある…」
真魚が話を変えた。
「問題…?」
鈴鹿御前は何の事を言っているのか見当がつかない。
「どういうことなのだ!?」
「田村麻呂がここに来る」
「田村麻呂は鈴鹿御前を捕らえなければならない」
「もしくは処刑するかだ…」
真魚が言ったことは、鈴鹿御前にとって意外であった。
「そうか…逃げてはだめなのか…」
鈴鹿御前がその事実に気がついた。
「逃げれば永遠に追われることになる…」
「子供達と一緒にだ」
真魚がそう言った。
それは、子供達を永遠に危険に巻き込むという事なのだ。
「そうか…」
鈴鹿御前は考え込んだ。
「だが、捕まる必要は無い!」
「俺に考えがある!」
真魚がそう言って後鬼を見た。
「ま、真魚、まさか!」
嵐がその事実に気づいた。
「いい考えだろ?」
真魚はそう言ったが、嵐と前鬼はそれを拒んでいた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-