空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その十五 | 空の宇珠 海の渦 

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-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話





その日の夕餉は竹の子づくしであった。
 
おまけに山鳥も少しであるが手に入った。
 
それを他の野菜と一緒に大鍋に入れて煮た。
 
それだけでも、鳥の出汁が効いておいしかった。
 
その鍋に、真魚が瓢箪から何かを出して入れた。
 
この隠し味がさらに深みを与えた。
 

「おーこれはうまいぞ!」
 
嵐は感激していた。
 
この頃には鉄斎にも嵐が神であることがばれていた。
 


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「儂も長い間生きておるが、こんなに美味いものは初めてだ」
 
鉄斎がそう言うのであるから、彩音も我夢も同じ思いであることに疑いはない。


鍋一杯にあったものがあっという間に消えて無くなった。
 

その犯人が誰かは言うまでも無い。
 

「竹の子がこんなに美味いとはな!」
 
生で食った竹の子も美味かったが、煮た味にも嵐は感動していた。
 

「そうだ、竹の子で思い出したが、竹林の竹が一本切られておったぞ!」
 
嵐が見つけたときの状況を説明する。
 

「見事な切り口であった」

「あの男か…」
 
真魚は気づいている。


「刀であれほどの竹を切り倒したのだ」
 
「立っている生きた竹をな」
 

嵐があの男しかいないと言っている。
 

その切り口には竹一本分の重みがかかるのだ。
 

その重さも含めて切ることになる。
 

「儂が作った刀だ」
 
鉄斎が言った。
 
「何!」

皆が驚いた。
 

「奴は儂が作った刀を奪ったのだ」
 
鉄斎がその時を思い出している。
 

「儂が龍牙と名付けた刀だ」

「その切れ味は儂が作った中で最高のものだ」
 

「それならあの切り口もわかる」
 
嵐が納得している。
 

「鉄斎殿の刀とあの男の腕…」
 
真魚は思考の中でその切れ味を見た。
 

我夢はその話を聞いて呆然としている。
 
自分と彩音の傷は鉄斎の刀で付けられたものであった。  


父と母を切ったのも鉄斎が作った刀だ。
 

「刀は人を切る…人を殺める…」

鉄斎はつぶやいた。
 

「儂の作った刀が罪もない人を殺めたのだ」

鉄斎はその事に苦しんでいる。
 

「だが、刀は人を生かすことも出来る」

真魚がそう言った。
 
鉄斎はその真魚の言葉に揺れた。

 
「人を守れば生かした事になる」

真魚が言った。
 

鉄斎は心の雲が晴れていくような気がしていた。


「武器というのはそう言うものだ」

「鉄斎殿は間違っていない」
 

鉄斎は真魚の言葉がうれしかった。
 
その瞳に涙がこみ上げる。
 

「全ては使い手の心が決める」

真魚の言葉が鉄斎の心に響いている。
 

わかってはいる。
 

だが、その苦しみの時は止まったままだ。
 
心はまだ許していない。
 

自分の刀が我夢と彩音の闇を作ったのだ。
 
その事実は変わらない。
 

「龍牙を超える」
 
鉄斎が言った。
 

その瞬間、何かが変わった。
 
鉄斎の心の中に何かが灯った。
 

心の中で止まっていた時が動き出す。
 

真魚の口元に笑みが浮かぶ。
 

「我夢と共に龍牙を超える」

それは鉄斎の決意であった。
 

「出来るのか…俺が…」
 
我夢は半信半疑だ。
 

「そのために真魚殿が来たのかも知れぬ…」
 
「あの鉄を持って…」
 
鉄斎はそう考えている。
 

「どのようにして超えるのだ、龍牙を…」
 
そう言った真魚の口元に笑みが浮かんでいる。
 

その時…
 

「そうか!」
 
鉄斎が急に叫んだ。
 
「そうだ!」
 
我夢は鉄斎がおかしくなったのかと思った。 

「わかったのだな」
 
真魚は気づいていた。
 

「はは~ん」
 
嵐も何となく気がついている。
 

鉄斎の心の波動が上がる。
 
その瞳に光が宿る。
 

「龍牙を超える方法が…」
 
我夢も感じていた。
 

「その手があった!」

 鉄斎のその決意は輝き始めた。 

鉄斎の闇が光に変わろうとしていた。


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続く…

-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
    実在の人物・団体とは一切関係ありません-