空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その三 | 空の宇珠 海の渦 

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-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話




「玄武!」

真魚が呼ぶ。
 
光の盾が現れ若い男を包む。
 

闇は既に黒い塊になっている。
 

嵐が全ての足を食いちぎったのだ。
 

だが、油断は出来ない。
 

奴らに元々形などない。
 

真魚の光の輪が発動する。
 
真魚の身体が輝くと共に、青い光が棒に集まっていく。

七つの輪が高速で回る。
 
真魚の光の波動が広がる。
 

「青龍!」
 
青い光の粒は真魚の頭上で龍となった。

そして、闇に向かってその(あぎと)を開け飛び込んだ。
 

闇の塊は青い光に包まれる。
 

青龍が首を上げると闇は黒い砂塵となって消えた。
 

青龍は真魚の棒の中に消えていった。
 

「何かおかしくないか?」
 
嵐が真魚に聞いた。
 
「あの男…」 

年配の男が消えていた。

 

「おい、お前!」
 
真魚の背中から声がした。
 
「呼んだのが聞こえぬのか!」
 
そう言われて真魚はようやく振り返った。
 

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男は気が短いらしい。
 

剣を肩に担いでいる。
 

「面白い剣を持っている…」
 
先に真魚が話しかけた。
 

「!」
 
その男は驚いていた。
 

「これがどういうものか…」
 
その男はその剣を掲げた。
 

「見たことがある」
 
「それはこの国のものではない」
 
真魚はそう答えた。


「そうだ、これは異国の剣だ…」 
 
その男は明らかに真魚の言葉に動揺していた。 

「そして、これは父の形見だ…」

男の父が異国の人間である可能性は高い。



「あの男はだれだ?」
 
「仇討ちでもする気だったのか?」
 
真魚が若い男に気になっている事を聞いた。
 

「俺の敵だ、名は知らぬ…」
 
「だが、俺の顔に傷を付け、親父を殺した男だ」

若い男が歯を噛みしめる。
 

「お主は生かされた訳か?」
 
真魚は男にそう聞いた。
 

「どういう意味だ!」
 
「生かしておけば、今日のように戦えるではないか」
 
真魚がそう言った。
 

「奴は、楽しむ為に人を殺していると言うのか!」
 
男の怒りは治まらない。
 

「そうでもあるし、そうでもない」
 

「何を言っているのだ、貴様は!」

男には真魚の考えが理解出来ない。
 

「先ほどの化け物を怖いと思ったか?」
 
「怖いものか…」
 
男はそう言うが、言葉の波動が乱れている。

嘘であることは明白である。

 
「あの男は愛しげに見つめていたぞ…」
 
真魚は男にそう言った。
 

真の恐怖を愛しいと感じる男。
 

「今のお主に奴は倒せぬ」
 
真魚が男にそう言った。
 
「奴があの闇を引き連れて来たなら尚更だ」

真魚はきっぱりそう言った。
 

「あれを奴が…」

男は呆然と宙を見ていた。
 
先ほどまでそこに闇があった。
 
その恐怖を思い出していた。

真の恐怖…
 
だが、それは自らが作り出したものだ。
 
男はその事に気づいてはいない。


「操れる訳ではなさそうだがな」
 
真魚がそう言った。
 

「真魚、先ほどの娘が気になる」

嵐が真魚に言った。
 

「喋るのか…その山犬は」
 
男は驚いている。
 

「俺は神だ!」
 
嵐が言った。
 

「神…?」
 
「ちょっと待て、娘というのは左の頬に傷がある娘か?」
 

「そうだ」
 
嵐が答えた。
 

「彩音がどうかしたのか?」
 

「あの娘を知っているのか?」

真魚に考えが浮かぶ。
 

「あの男に彩音の父も殺されたのだ」
 
男はそう言った。
 

「あの傷はその時に付けられたのか?」
 
真魚が核心にに触れる。
 

「そうだ」
 
男はその時のことを思い出している。
 

「その時に言葉を失ったのだな」
 
真魚は全てを理解した。
 

「そうだ」

この男も同じ傷を抱えている。
 

「真魚…」
 
嵐が気づいた。
 

彩音の祈りが聞こえる。
 

「哀しい祈りだ…」
 
真魚はその祈りの波動を聞いている。
 

その切なさに触れている。
 

「彩音が祈っている…?」 
 
だが、この男の心にその祈りは届いていなかった。


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続く…

-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
    実在の人物・団体とは一切関係ありません-