空の宇珠 海の渦 第五話 その六十二 | 空の宇珠 海の渦 

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-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話





阿弖流為と母礼は罪人として、都から移された。
 
手と腕を縛られ馬に乗せられた。
 
馬に乗った田村麻呂が先頭にいた。
 
その後ろを阿弖流為と母礼の馬が続く。
 

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結局、帝は二人を許すことはしなかった。
 

田村麻呂は帝を説得したが、聞き入れてはもらえなかった。
 

帝だけではない。
 

貴族たちも全員一致で死刑を宣告したのだ。
 

「すまぬ、俺の力ではどうにもならぬ…」
 
田村麻呂は二人に詫びた。
 

処刑は明日執行される。
 

二人の処刑は田村麻呂が執り行うこととなった。 
 
普通ではまずあり得ない。
 

田村麻呂のような身分の者が処刑を行うことなどない。
 
だが、これだけは田村麻呂が意地を通した。


それが、二人の願いだったからだ。
 

阿弖流為と母礼のおかげで田村麻呂は英雄になれた。
 

だが、事実はそうではない。
 
田村麻呂の完敗であった。
 

「俺たちは何のために戦って来たのだ…」 

田村麻呂がつぶやいた。
 

あの貴族共のために戦ったのか…

そう思うと気持ちの逃げ場がない。

 
「結局、あの黒い何かに動かされていただけかも知れぬ…」


田村麻呂は自分を責めた。
 

「それは違うぞ」
 
阿弖流為であった。
 
後ろから田村麻呂に声をかけてきた。
 

「お主もあれを見た」
 
「人の力ではどうにもならぬものを…」
 
「見たからお主は変われたのだ」

「あの馬鹿者共とは違う」
 

阿弖流為は堂々とそう言った。
 

「俺たちは光に導かれたのだ」

阿弖流為がそう言った。
 
「佐伯真魚…」


田村麻呂はその名を言った。
 

「佐伯真魚という光に…」
 
田村麻呂は阿弖流為の言葉に救われた様な気がした。
 



満天の星空であった。
 
阿弖流為と母礼は、縛られたまま石に繋がれていた。
 
見張りが何人かいる。
 

「この星空も見納めか」
 
母礼が夜空を眺めている。
 

「なぁ阿弖流為、俺たちは夢を見ていたのか?」
 
「夢か…夢はいつか未来に変わる」
 
阿弖流為が答える。
 
「もうすぐ夜が明ける」
 
「ありふれたものが、今までこんなに美しいとは思わなかった」
 

母礼は満天の星に感謝した。

心の底から感動していた。
 

「真魚のおかげだ」
 
阿弖流為が言った。
 

「そうだな」
 

母礼は目を閉じて全てを感じた。
 
紫音の笑顔が浮かんだ。
 

「そうか、見つけたのか…」
 
母礼の瞳から涙が一筋流れた。
 

「なんだ!」
 
突然阿弖流為が叫んだ。
 
星が光っている。
 
かなり大きい。
 
どんどん近づいてくる。
 

「こっちに向かっている!」
 

星が落ちてくる。
 

二人の胸が光っている。
 
光が二人を包み込む。
 

「それもいい」
 
阿弖流為は言った。
 
「そうだな」
 
母礼が笑っていた。


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続く…