空の宇珠 海の渦 第五話 その四十二 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話




真魚は空から状況を見ていた。
 
嵐の背中の上である。
 

「ほう、阿弖流為もなかなかやるな…」
 
真魚には阿弖流為の作戦が見えていた。
 

奥州の地には北上川が流れている。
 
縦に細長い平野に対し西側の山脈に近い所を流れている。
 
東側はかなり広い平野部が広がる。
 
戦をするのであれば平野部で行った方が立ち回りがいいはずだ。
 

だが、阿弖流為はあえて川に近い側に蝦夷を集めた。
 
この意図を真魚は既に感じていた。


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「真魚よ、やはり数的には蝦夷が圧倒的に不利じゃと思うのだが…」
 
嵐は蝦夷のことを考えていた。
 

「だから、あの場所を選んだのだ」
 
真魚にはすでに分かっている。
 

「背水の陣か…」
 
それは空の上から見て、初めて分かる事実が存在するからだ。
 
「だが、田村麻呂は気づくであろうな…」
 

真魚はそう確信している。
 

「どういうことだ?」
 
嵐は真魚の言う『気づく』という言葉に引っ掛かりを覚えた。
 

「おかしいとは感じるはずだ」
 
「だが、分からない…」
 
真魚はそこまで見抜いていた。
 

「この高さからだとそれが見える」
 

地の利と言う言葉がある。
 

阿弖流為は知り尽くした地の利で戦おうとしている。
 

数的に絶対不利な状況で、勝機を見いだそうとしている。
 
それが真魚には分かる。
 

「阿弖流為と言う男ただ者ではないと感じていたが…」

「嵐、お主が一回り大きくさせたな!」
 

「またその話か!」
 

「成り行きだったな…」
 
真魚が嵐をからかった。
 

「阿弖流為の状況を見る目は本物だ、

  ただ戦っただけでは蝦夷は負ける」
 

「だが、倭はもろい…」
 
「どういうことだ?」
 
嵐は腑に落ちない。
 

「蝦夷の者達には大意がある」
 
「大意だと…」
 
嵐は考えた。
 

「蝦夷の未来を守る…」
 

少しずつ何かが見えてきた。
 
「そうだ!」
 

「そういうことか!」
 
嵐の視界が明るくなった。
 

「倭の兵は出来ればやりたくない者ばかりだ」
 
「金で雇われた者達、ただの徴兵、寄せ集めで大意がない」
 

「それは田村麻呂も分かっておるのではないのか?」
 
嵐は真魚に疑問を投げかける。
 

「分かっているはずだ」

 真魚はきっぱりそう言った。
 

「では、なぜ?」
 

「まさか!」

嵐は田村麻呂の苦悩が見えた。
 

「最初に感じたものはこれだというのか?」

「そうだ!」
 

田村麻呂はわかっていたのだ。
 

数ではない。
 

その志が全てを変えると言うことを…
 

「そういうことか!」
 

倭にもこのような男がいる。
 

「田村麻呂という男、なかなかのものだ!」 


嵐は改めてそう感じていた。






蝦夷の空を一回りし、真魚は状況を把握した。
 

「それはそうと、前鬼と後鬼は何をしておるのだ?」
 
「奴らには大事な仕事がある」

「大事な仕事?」


嵐には想像がつかない。
 

「紫音と一緒にいるはずだ」
 
「なるほど…」
 
何となく見えてきた。
 

「蝦夷の未来か…」
 
「そうだ」
 

嵐は戦の事ばかり気にしていたが、

真魚は二つ目の駒を用意していたのだ。
 

「戦の結果は結果だ、何が起こるか分からない」
 
「さすがの俺も数万の意識を自在にはできん」

真魚は嵐に事実を言った。
 

「だが、同じ思いが重なればそれは別だ!」 

「その想いが道を拓く!」
 

「それは大意と言うことか?」
 
嵐には真魚の言葉の意味がよく分かる。  


今の嵐は、二つの想いが重なった姿でもある。


「蝦夷には大意がある!」
 
嵐にもそのことがはっきりとわかる。
 

「それぞれの想いが小さくても、集まれば大きな力となる」
 

「あとはそっと押してやるだけなのだ」
 

真魚は未来を感じている。
 

「もう一つ見たい所がある」
 
「よし、行くぞ!」
 

嵐はそう言うと更に高く飛んだ。


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続く…