『人の死に関わるなと言ったはずだぞ!』
その美しい声は真魚の心にだけ響く。
夜であった。
星が輝いている。
真魚と嵐は森の側で休んでいた。

「俺の未来を拓くためだ!」
真魚は目を瞑ったままそう言った。
戦が始まればたくさんの命が消えていく。
「あの男のために命を賭ける必要は無い!」
『それを選ぶのはお主ではない…』
美しい声の主、丹生津姫がそう言った。
「分かっている…」
『お主は全ての神を敵に回すつもりか?』
「俺の道を拓くためにすることだ」
『その結果がどうなろうと知らぬと…』
真魚は笑っている。
『ふっ、ふふっふっ…』
「何を笑っている!」
真魚が機嫌を損ねたようだ。
『あの時もそうであったな…』
「いつのことだ?」
分かってる。
『私を庇った時だ』
「それがどうした」
通う心で遊んでいる。
『本当に、背負う必要があるのか?』
そう言って丹生津姫が笑っている。
真魚の心を分かっているくせに、遊んでいるのである。
「これで終わるはずもない」
『人によっては違った生き方を選ぶ…』
「そうだ…」
『あとは知らぬと言うのだな…』
「それは俺が決めることではない」
『それならばよい…』
『全くお主という奴は…』
「俺は唐に行かねばならぬ…」
ちりり~~ん
鈴が鳴った。
後鬼からの合図だ。
倭の準備がほぼ整ったのだ。
急がねばならない。
蝦夷の準備は遅れている。
倭の卑劣な裏工作。
寝返る者達が現れたからだ。
税の撤廃や位を与えるなど、うまい話で蝦夷の戦力を断つ作戦に出たのだ。
だが、その約定はいずれ破られる。
撤廃した税を違う形で課し、払えなければ全て奪われる。
結局、皆奴隷となりこき使われるのだ。
そうやって領地を広げてきたのである。
公家や貴族から見れば、先住民族である蝦夷などは人とは思われていない。
彼らが持ち込んだ仕組みで無理矢理乗っ取ろうとしているだけだ。
弱者からむしり取り自分たちは何もしない。
この仕組みは現在でも変わってはいない。
だが、忘れてはいけない。
強者が幸せとは限らない。
弱者が不幸せではない。
人の生き方とは別の所にある。
物やお金が中心の世界で、人はあがいている。
中心に置くものが違うからだ。
それを蝦夷達は知っている。
その素晴らしい世界がなくなろうとしているのだ。
『気をつけよ、私が言えるのはこれだけだ…』
「分かっている…」
真魚はつぶやいた。

続く…