空の宇珠 海の渦 第五話 その三十四 | 空の宇珠 海の渦 

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-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話




『人の死に関わるなと言ったはずだぞ!』 

その美しい声は真魚の心にだけ響く。
 
夜であった。
 
星が輝いている。
 
真魚と嵐は森の側で休んでいた。


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「俺の未来を拓くためだ!」
 
真魚は目を瞑ったままそう言った。
 
戦が始まればたくさんの命が消えていく。
 
「あの男のために命を賭ける必要は無い!」
 

『それを選ぶのはお主ではない…』
 

美しい声の主、丹生津姫がそう言った。
 

「分かっている…」
 

『お主は全ての神を敵に回すつもりか?』
 

「俺の道を拓くためにすることだ」
 

『その結果がどうなろうと知らぬと…』
 

真魚は笑っている。
 


『ふっ、ふふっふっ…』
 
「何を笑っている!」
 
真魚が機嫌を損ねたようだ。
 


『あの時もそうであったな…』
 
「いつのことだ?」
 
分かってる。
 

『私を庇った時だ』
 
「それがどうした」
 
通う心で遊んでいる。
 

『本当に、背負う必要があるのか?』

そう言って丹生津姫が笑っている。
 
真魚の心を分かっているくせに、遊んでいるのである。


「これで終わるはずもない」
 
『人によっては違った生き方を選ぶ…』
 
「そうだ…」
 
『あとは知らぬと言うのだな…』
 
「それは俺が決めることではない」

『それならばよい…』
 
『全くお主という奴は…』
 
「俺は唐に行かねばならぬ…」
  


 ちりり~~ん
 

鈴が鳴った。
 
後鬼からの合図だ。

 
倭の準備がほぼ整ったのだ。
 

急がねばならない。
 

蝦夷の準備は遅れている。
 

倭の卑劣な裏工作。
 

寝返る者達が現れたからだ。
 

税の撤廃や位を与えるなど、うまい話で蝦夷の戦力を断つ作戦に出たのだ。
 

だが、その約定はいずれ破られる。
 

撤廃した税を違う形で課し、払えなければ全て奪われる。
 

結局、皆奴隷となりこき使われるのだ。
 

そうやって領地を広げてきたのである。


公家や貴族から見れば、先住民族である蝦夷などは人とは思われていない。
 

彼らが持ち込んだ仕組みで無理矢理乗っ取ろうとしているだけだ。
 

弱者からむしり取り自分たちは何もしない。
 
この仕組みは現在でも変わってはいない。
 

だが、忘れてはいけない。
 

強者が幸せとは限らない。
 


弱者が不幸せではない。
 

人の生き方とは別の所にある。
 

物やお金が中心の世界で、人はあがいている。
 
中心に置くものが違うからだ。
 

それを蝦夷達は知っている。
 

その素晴らしい世界がなくなろうとしているのだ。
 

『気をつけよ、私が言えるのはこれだけだ…』
 

「分かっている…」
 
真魚はつぶやいた。


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続く…