朝の光がまぶしい。
村の者達は既に田畑で働いていた。
空気が澄んでいる。
心地良い朝のはずだが、母礼の心は重かった。

村々を周り、戦が始まることを伝えて回ったが、
どの村もいい返事はもらえなかった。
倭は各村に対して既に手を回していたのだった。
倭のように絶対的な権力者を持たない蝦夷にとって、
それは効果的な方法であった。
このままでは数万の敵を相手になすすべもなくやられてしまう。
母礼は迷っていた。
「なんだ!あれは?」
草原の遙か向こう。
一筋の光が降りてきた。
その光は一度大地に降りた。
だが、しばらくするとまた天に向かって昇って行った。
何がなんだかわからぬまま、その場を見ていた。
しばらくすると向こうに人影が見えた。
二人。
ゆっくりとこちらに歩いて来た。
母礼はその影に見覚えがあった。
「あれは…」
阿弖流為と紫音であった。
「おーい!」
母礼は声を出した。
その声に気がついた小さい方が手を上げた。
それは紫音であった。
紫音が走って来る。
「母礼~~!」
たった一日だけ聞いていない声が、懐かしく感じた。
「俺はあの声を毎日聞いていたのだな…」
母礼は今頃気がついた。
はぁはぁはぁ…
「そんなに走らなくても良かろうに…」
「あ、あのね、母礼、大地って丸いのよ!」
息が切れる。
だが、母礼に会うなり紫音はそう言った。
どうしてもこの感動を伝えたかったのだ。
「ちょっと、落ち着いてから話せ」
母礼は何のことだかさっぱり分からない。
「大きいの、すごく大きいの!」
紫音はそれでも誰かに伝えたかった。
紫音は母礼の両腕を握った。
「でも、たった一つしかないのよ」
そう言って母礼の顔を見上げた。
まだ息が切れている。
それだけ走っても伝えたい感動が、紫音の心のなかに溢れている。
「ひとつではないのか?」
母礼がそう言った。
「ちがうの!そうだけどちがうの!」
紫音は自分が伝えたい言葉が見つからない。
「まあ、そこに座れ!紫音。」
母礼がそう言いながら自分も座った。
紫音はそのまま草の上に寝転んだ。
空を見上げていた。
雲が動いている。
呼吸が大地と同調していく。
母礼もつきあって寝転んだ。
二人はしばらく黙ったままであった。
「ねえ、母礼…」
先に紫音が口を開いた。
「なんだ」
「どうして人は戦なんかするんだろう?」
「分け合う事は出来ないのかな?」
紫音は母礼に尋ねた。
「大地は一つなのに…か…?」
母礼がそう付け加えた。
「私なら大好きな食べ物は、好きな人と半分ずつ食べるな」
「そっちの方が絶対、おいしい!」
紫音がそう言うと、黙って空を見ていた。
言葉は話していない。
それでも伝わる何かが存在した。
「お主ら何をしている?」
阿弖流為に声をかけられ現実に戻った。
「そういえば、真魚はどうした?」
母礼が真魚がいない事実に気がついた。
「奴は山賊の長に会いに行った」
「何だと!」
母礼は阿弖流為の言葉を信じることが出来なかった。
「本当なのか?それは!」
もう一度、今度は紫音に聞いた。
「本当よ!真魚は誰とでも仲良くなるのよ!」
紫音は笑った。
「俺たちが、間違っていたのかも知れない…」
そう阿弖流為が言った。
「何だ二人とも、なんか前と違うぞ!」
母礼は二人の変化に気づいた。
「俺は、変わらぬぞ…」
「私も…」
二人はまだその事実に、気づいていなかった。

続く…