「何故俺が馬に乗らないといけないのだ」
嵐が文句を言っていた。
紫音の馬に乗る姿はお世辞にもかっこいいとは言えない。
「しょうが無いでしょ、あんた遅いんだから…」
紫音は周りの人間に気づかれないように小さな声で言った。
「本当の俺は早いぞ!」
嵐の言うことは本当だが今は証明することができない。
「お主は怖く無いのか、山賊の所に行くのだぞ」
「あなたたちがいるじゃない」
「それに阿弖流為だっているし…」
紫音は怖いどころか何だか楽しそうであった。
阿弖流為は結局ついてくることになった。
真魚の言葉に惑わされたのではなく山賊達に興味があったからだ。
同じ蝦夷でありながら違う道を選んだ理由が知りたかったのだ。
その真意は何なのか?
いずれ戦う事になるかも知れない。
それに阿弖流為は紫音を真魚だけに任すと言うことは出来なかったのだ。
真魚を信用していない訳ではないが昨日会ったばかりである。
自分が許しても村のものが許さない。
阿弖流為が行くというので村の者達も渋々了解したのであった。
だが、何故紫音が必要なのかについては阿弖流為の知るところではなかった。
太陽がもうすぐ真上を指す。
いつの間にか森の中を進んでいた。
先頭は山賊の那魏留、御遠、真魚、紫音、しんがりは阿弖流為。
この順番で歩いて行く。
静まりかえった森の中に馬の蹄の音が響いている。
ぐ~
嵐のお腹が鳴った。
「腹減ったなぁ~」
嵐がつぶやく。
「もう少しでつくわよ」
「ただの気休めか?」
紫音がそう言う嵐の頭を撫でた。
水の流れる音がしてきた。
小川の側に来たらしい。
川の分だけ森が開けた。
「待て!」
真魚が声をかけた。
先頭の那魏留が馬を止め振り返る。
「どうした…」
「この先なのか…お主らの村は」
真魚が那魏留に問う。
「そうだ、それがどうかしたのか?」
那魏留は真魚が言おうとしていることを理解出来なかった。
「いやな予感がする…」
紫音がつぶやいた。
嵐が馬から下りた。
真魚も既に降りている。
手には棒を持っていた。
「皆、下がれ!」
真魚が言った。
「嵐!」
真魚が叫ぶ。
同時に嵐のからだが金色に輝きだした。
そのエネルギーで大気が揺れる。
馬たちが悲鳴を上げる。
那魏留達も馬を下りざるを得なかった。
「わお!」
紫音だけが嵐の光に歓声を上げていた。

阿弖流為は何が起こっているのか理解出来なかった。
嵐の背中が人の背丈と同じくらいになった。
「嵐、あなたってすごい!」
紫音は感動していた。
こんな美しい獣は見たことがなかった。
嵐の言葉は嘘ではなかった。
「紫音、下がっていろ!」
美しい獣はそう言った。
「これはあの時の…」
那魏留は見たことがある。
火魏留を助けたのはこの獣だ。
阿弖流為は紫音を守るように前に立った。
知らぬ間に剣を抜いていた。
「何が起こるのだ!」
それと同時であった。
森の向こうに黒い粒が広がった。
一度広がった粒は一カ所に集まり更に大きくなった。
どおおおおおぉぉぉん
突然大きくなったかと思うと、豪音と共に
黒い何かが溢れ出した。
紫音と御遠は吐き気に襲われた。
口を押さえたまま動けない。
生きる力が奪われていく。
「どうした、大丈夫か?」
那魏留は二人を気遣う。
嵐は闇に向かって奔った。
がおおおおおおおぉぉぉぉ
嵐の咆哮が闇の出端をくじく。
出てきたものを片っ端から食べていた。
真魚は相変わらず笑っている。
しかし、いつもと違うのは棒が既に赤く輝いていることだ。
阿弖流為は手にした蕨刀で応戦しようとしたが形のない闇には効果が無い。
「何なんだこれは!」
阿弖流為は初めて経験する出来事に戸惑っていた。
真魚は懐から五鈷杵を取り出した。
構えている棒に触れるとそれは赤く輝き始めた。
「これを使え!」
真魚は阿弖流為に向かってそれを投げた。
阿弖流為が受け取るとそれを握った。
すると五鈷杵から赤い炎が吹き出した。
「熱くない…」
それはこの世の炎ではない。
今度はその炎の剣で闇を切り裂いていく。
切り裂かれた闇は形をとどめることが出来ず消えていく。
「真魚、お主はいつもこんなものと戦っているのか?」
阿弖流為が炎の剣で切り裂きながら叫んでいた。
「言ったであろう、喧嘩なら誰だってした事があると」
真魚は笑っていた。
「ぼちぼちか…」
真魚はそう言うと朱雀を呼び出した。
頭上に赤い火の玉が出現する。
その火の玉は落下と同時に火の鳥となり闇の中に突っ込んでいく。
「こら!真魚!」
嵐が慌てて跳び退く。
闇が苦しんでいるかのようにうごめいている。
「危ない、よけろ!」
紫音達に向けて闇の矢が放たれた。
その矢は光によってかき消された。
嵐がぺろりと舌なめずりをした。
「嵐!」
紫音は嵐に言った事を思い出した。
「本当はこんなに速いのね」
紫音は感動していた。
「だから言ったであろう」
嵐は気分が良かった。
「嵐、みんなを守ってくれ」
真魚はそう言うと青龍を呼び出した。
青い光の粒が龍となり真魚の頭上で旋回していた。
「戻れ朱雀、行け、青龍!」
朱雀の消えた闇に今度は青龍が飛び込んでいく。
闇そのものに蛇のように絡みついている。
真魚の棒が輝きを増す。
真魚の額からは大量の汗が流れている。
すると青龍はひときわ輝きを増す。
地響きがなっている。
そう勘違いするほど波動が伝わってくる。
しばらくすると闇は粉々に砕けて消えた。
「戻れ、青龍!」
そう言うと真魚は膝を着いた。
呼吸が乱れている。
「大丈夫か、真魚?」
嵐が声をかける。
「ああ、大丈夫だ」
息を切らしたまま真魚が答えた。

続く…