空の宇珠 海の渦 第五話 その十五 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話




「これからどうするつもりなのだお主は…」

阿弖流為が真魚に聞く。
 

「奴らが来るまで少し時間がある」
 
「それまでに少しやりたいことがある」
 
真魚はその目的の為にこの地に来たのだ。
 

「やりたいこと…?」

母礼が不思議な表情を見せる。   
  
「俺は村を説得して兵を集めてこなきゃいけない」
 
「柵城にも見張りが必要だしな…」
 
しばらくは母礼も戦の段取りで忙しくなる。
 

「奴らが来るまでって、一緒に戦うつもりはあるまい」 

阿弖流為が冷やかす。
 

「わからんぞ!」
 
真魚は笑った。
 

「お主は面白い奴だ」
 
母礼も冷やかしにかかる。
 

「俺はあの男が気に入らん」
 
真魚がきっぱりという。
 

「帝のことか…」
 
「それは我らの誰もが思っている」
 
阿弖流為の思いは蝦夷の思いでもある。
 

「同じではないか?」
 
真魚はそういう。
 

「だが、お主は…」
 
母礼が言いかけて止めた。
 

「家柄などは関係ない、気に入らないものはある」
 
「そう言いたいのかお主は…」
 
阿弖流為が鋭い視線で真魚を見つめる。
 

「そうだ、おれはあの男が気に入らない」
 
真魚は断言した。
 

「蝦夷は大地と共に生きている」
 
「倭を支配しようとは思わない」
 
「だが奴はどこまでも支配を広げようとする」
 
「自分が一番死を畏れている、それなのに罪のない人を殺させる」
 
「罪のない人同士が争うことなどあってはならない」
 
「あの男一人のために…」
 
真魚は倭の闇を見つめていた。
 

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「お主の言いたいことは分かった」
 
阿弖流為は真魚を受け入れていた。
 

「お主が人を救うところを見てみたいような気がするな」
 
母礼は本当にそう思っていた。
 

「面白い男よ、佐伯真魚…お主という奴は…」
 
阿弖流為は心の底からそう思っていた。


「真魚よ、もう少しここにいないか?」
 
その言葉は真魚が信頼されている証だ。
 

「そうだ、気の済むまでいれば良い?」
 
母礼は真魚を気に入っていた。
 

「そうだな、一晩だけ世話になろうか」
 
真魚は一晩と、条件をつけた。
 

「遠慮せずともいいのだぞ」
 
母礼は笑って念を押した。


 

嵐と真魚が歩いていた。
 
朝の風が心地良かった。
 
村の高台に昇ると一面に広がった田や畑が見えた。
 
豊かな大地が恵を与えている。
 
「なあ、真魚よ」

「何だ」
 
「俺は思うのだが、このまま戦いが始まっても良いのかと思うのだ」
 
嵐は気になっていた。
 

田村麻呂も阿弖流為達も悪い奴ではない。
 
戦う理由など見当たらない。
 
そこには闇しか存在しない。
 

「そうさせたい奴らがいるからな…」
 
真魚は言った。
 
「それはあの男か?」
 
いつの間にか嵐も帝をあの男と呼んでいる。
 

「奴もそうだが、もっと大きい」
 
「あの男だけではないのか?」
 
嵐は分からなくなってきた。
 
「そのうちに分かる」
 

真魚は視線の先に何かを捉えていた。
 
「何だ!」
 
嵐も気づいた。
 
馬が走ってくる。
 

二騎。
 
こちらを目標にしている事は間違いない。
 
真っ直ぐに村に向かってきた。
 
その姿に真魚は見覚えがあった。
 

「真魚、あれは…」
 
「そのようだな…」
 
真魚は笑っていた。
 
それは山賊であった。
 
村の門の前で馬を下りた。
 
二人。
 
一人は年配の男。
 
年齢は四十才ぐらいか。
 
髭を蓄えていて精悍な顔立ちだ。
 
もう一人は女であった。
 
長い髪を後ろで束ねていた。
 
目が大きく唇は少し厚めだ。
 
年は二十才ぐらいであろう。
 
二人は門の前まで行った。
 

「何しに来た、お前達には用はなかろう」
 
直ぐに門番に咎められた。
 
「人を探している、旅の男だ」
 
山賊の男は門番に言った。
 

「それは、たぶん俺のことだ」


真魚はいつの間にかそこに来ていた。
 

真魚が割って入った。
 
「ほう…」
 
真魚は側にいる女に視線を合わせた。
 

「助けてくれ、火魏留(かぎる)が危ないのだ」

 
女が悲壮感漂う表情で真魚に言った。
 
門番は直ぐに阿弖流為を連れてきた。
 

「どうしたんだ」
 
阿弖流為は真魚に事の次第を聞いた。
 
「助けを求めている」
 
「助けを…」

 阿弖流為は何故山賊が助けを求めて村に来るのかがわからない。
 

「中に入れても良いか?」
 
真魚が阿弖流為に聞いた。
 

「武器は全部下に置け、話はそれからだ」 

阿弖流為は山賊に言った。
 

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二人は持っている武器を地面に置いた。
 
門の隙間からそれを確認してから門を開けた。
 
二人が門から村の中に入ってきた。
 
手を上げている。
 
門番が身体検査を行う。
 

「すまんが決まりなのでな…」
 
阿弖流為は女にそう言った。
 
「良いぞ」
 
阿弖流為の声と共に二人は手を下ろした。
 
「俺に何の用だ」
 
真魚は単刀直入に二人に聞いた。
 

「火魏留が死にそうなんです」
 
女は真魚の手をにぎった。
 
「ほう、やはりな…」
 
「ここが分かったのはお前の力か…」
 
真魚はその女がどういう女か気づいていた。
 

「私は那魏留(なぎる)、この娘は御遠(みおん)と言います」
 
「火魏留は俺の息子だ」
 
山賊の男はそう言った。  
 

「俺は佐伯真魚だ」
 

「いったいどういうことなのだ」
 
阿弖流為は全く状況が飲み込めない。
 
「俺が昨日助けてやったのだ」
 
「お主がどうして山賊を助けるのだ」
 
真魚の言葉は更に阿弖流為を迷わせる。

「話せば長くなる、ここは一刻を争う」
 
「そうだな…紫音を貸してもらえぬか?」
 
阿弖流為は真魚の言っていることが全く理解出来ないでいた。
 
「紫音だと、何故だ」
 
「女がいるのだ、一人はここに確保したが…」
 
そう言って真魚は御遠を見た。
 
「心配ならばついてこい」
 
真魚は阿弖流為にそう言った。


続く…