「これからどうするつもりなのだお主は…」
阿弖流為が真魚に聞く。
「奴らが来るまで少し時間がある」
「それまでに少しやりたいことがある」
真魚はその目的の為にこの地に来たのだ。
「やりたいこと…?」
母礼が不思議な表情を見せる。
「俺は村を説得して兵を集めてこなきゃいけない」
「柵城にも見張りが必要だしな…」
しばらくは母礼も戦の段取りで忙しくなる。
「奴らが来るまでって、一緒に戦うつもりはあるまい」
阿弖流為が冷やかす。
「わからんぞ!」
真魚は笑った。
「お主は面白い奴だ」
母礼も冷やかしにかかる。
「俺はあの男が気に入らん」
真魚がきっぱりという。
「帝のことか…」
「それは我らの誰もが思っている」
阿弖流為の思いは蝦夷の思いでもある。
「同じではないか?」
真魚はそういう。
「だが、お主は…」
母礼が言いかけて止めた。
「家柄などは関係ない、気に入らないものはある」
「そう言いたいのかお主は…」
阿弖流為が鋭い視線で真魚を見つめる。
「そうだ、おれはあの男が気に入らない」
真魚は断言した。
「蝦夷は大地と共に生きている」
「倭を支配しようとは思わない」
「だが奴はどこまでも支配を広げようとする」
「自分が一番死を畏れている、それなのに罪のない人を殺させる」
「罪のない人同士が争うことなどあってはならない」
「あの男一人のために…」
真魚は倭の闇を見つめていた。

「お主の言いたいことは分かった」
阿弖流為は真魚を受け入れていた。
「お主が人を救うところを見てみたいような気がするな」
母礼は本当にそう思っていた。
「面白い男よ、佐伯真魚…お主という奴は…」
阿弖流為は心の底からそう思っていた。
「真魚よ、もう少しここにいないか?」
その言葉は真魚が信頼されている証だ。
「そうだ、気の済むまでいれば良い?」
母礼は真魚を気に入っていた。
「そうだな、一晩だけ世話になろうか」
真魚は一晩と、条件をつけた。
「遠慮せずともいいのだぞ」
母礼は笑って念を押した。
嵐と真魚が歩いていた。
朝の風が心地良かった。
村の高台に昇ると一面に広がった田や畑が見えた。
豊かな大地が恵を与えている。
「なあ、真魚よ」
「何だ」
「俺は思うのだが、このまま戦いが始まっても良いのかと思うのだ」
嵐は気になっていた。
田村麻呂も阿弖流為達も悪い奴ではない。
戦う理由など見当たらない。
そこには闇しか存在しない。
「そうさせたい奴らがいるからな…」
真魚は言った。
「それはあの男か?」
いつの間にか嵐も帝をあの男と呼んでいる。
「奴もそうだが、もっと大きい」
「あの男だけではないのか?」
嵐は分からなくなってきた。
「そのうちに分かる」
真魚は視線の先に何かを捉えていた。
「何だ!」
嵐も気づいた。
馬が走ってくる。
二騎。
こちらを目標にしている事は間違いない。
真っ直ぐに村に向かってきた。
その姿に真魚は見覚えがあった。
「真魚、あれは…」
「そのようだな…」
真魚は笑っていた。
それは山賊であった。
村の門の前で馬を下りた。
二人。
一人は年配の男。
年齢は四十才ぐらいか。
髭を蓄えていて精悍な顔立ちだ。
もう一人は女であった。
長い髪を後ろで束ねていた。
目が大きく唇は少し厚めだ。
年は二十才ぐらいであろう。
二人は門の前まで行った。
「何しに来た、お前達には用はなかろう」
直ぐに門番に咎められた。
「人を探している、旅の男だ」
山賊の男は門番に言った。
「それは、たぶん俺のことだ」
真魚はいつの間にかそこに来ていた。
真魚が割って入った。
「ほう…」
真魚は側にいる女に視線を合わせた。
「助けてくれ、火魏留が危ないのだ」
女が悲壮感漂う表情で真魚に言った。
門番は直ぐに阿弖流為を連れてきた。
「どうしたんだ」
阿弖流為は真魚に事の次第を聞いた。
「助けを求めている」
「助けを…」
阿弖流為は何故山賊が助けを求めて村に来るのかがわからない。
「中に入れても良いか?」
真魚が阿弖流為に聞いた。
「武器は全部下に置け、話はそれからだ」
阿弖流為は山賊に言った。

二人は持っている武器を地面に置いた。
門の隙間からそれを確認してから門を開けた。
二人が門から村の中に入ってきた。
手を上げている。
門番が身体検査を行う。
「すまんが決まりなのでな…」
阿弖流為は女にそう言った。
「良いぞ」
阿弖流為の声と共に二人は手を下ろした。
「俺に何の用だ」
真魚は単刀直入に二人に聞いた。
「火魏留が死にそうなんです」
女は真魚の手をにぎった。
「ほう、やはりな…」
「ここが分かったのはお前の力か…」
真魚はその女がどういう女か気づいていた。
「私は那魏留、この娘は御遠と言います」
「火魏留は俺の息子だ」
山賊の男はそう言った。
「俺は佐伯真魚だ」
「いったいどういうことなのだ」
阿弖流為は全く状況が飲み込めない。
「俺が昨日助けてやったのだ」
「お主がどうして山賊を助けるのだ」
真魚の言葉は更に阿弖流為を迷わせる。
「話せば長くなる、ここは一刻を争う」
「そうだな…紫音を貸してもらえぬか?」
阿弖流為は真魚の言っていることが全く理解出来ないでいた。
「紫音だと、何故だ」
「女がいるのだ、一人はここに確保したが…」
そう言って真魚は御遠を見た。
「心配ならばついてこい」
真魚は阿弖流為にそう言った。
続く…